フランスで老後を生きる「パリの日本人高齢者たち」

第1回「マロニエの会」

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フランスには現在、約3万人の日本人が暮らしています。その中で65歳以上のいわゆる高齢者といわれる方々は、およそ1500人という推定です。日本での高齢者比率がすでに2割を超えている現状と比較すれば(2013年の統計で25%)、こちらはわずか5%なわけで、意外に少ないと思われるかもしれません。
しかしこれら在仏邦人の大部分は、駐在員とその家族、あるいは学生など、数年で帰国する人々です。それに対し永住を決めた日本人は、5700人ほど(在仏日本大使館調べ)。上述した約1500人の高齢在留邦人のうち、永住者が何人いるのか正確な把握は難しいのですが、かなりの割合を占めていると考えていいでしょう。
僕の知り合いにも、こちらで定年を迎え、日本にも身寄りがなくなって、今さら帰国してもという方が、何人もいます。あるいは母国への郷愁などすでになく、この地に骨をうずめる覚悟もした人も少なくないことでしょう。一方で働き盛りの人々は、老境を迎える前に日本に帰って行く。どうやらフランスに住む日本人の高齢者比率は、すでに本国のそれを大きく超えている印象です。
つまり日本が今後迎えるであろう超高齢化社会を、フランスの日本人コミュニティはすでに先取りして生きているということです。さらに彼らには、「異国の地で老いる」という、日本の高齢者とは決定的に異なる条件が加わります。
そのことが具体的に、老後の暮らしをいっそう難しくしているのか。あるいは、それほどでもないのか。その辺りを伺おうと会いに行ったのが、『マロニエの会』の会長、安本年子さんでした。

僕も含め、フランスに住む日本人にとって『マロニエの会』といえば、「日本人高齢者の親睦団体」というイメージです。しかしパリ市内のカフェで待ち合わせた安本さんにそう言うと、「年寄りばかりじゃないわよ。50代以下の会員も何人もいるのよ」と、やんわりたしなめられてしまいました。
「でもそうは言っても、会員の中には一人暮らしのまま年を取っていった人たちもたくさんいます。だから定期的に顔を合わせて、横のつながりを絶やさず、情報交換を密にし、いざという時はお互い助け合いましょうというのが、会の趣旨ね」。
発足したのは、2000年3月。当初は13人ほどのこじんまりとした会でしたが、15年経った今は100人以上が会員に名を連ねています。安本さんの言うように年齢制限はなく、年会費15ユーロ(約2000円)を払えば、日本人会の会員であれば、基本的に誰でも会員になれます。
具体的な活動も、なかなか活発です。会員たちは最低でも月に3回、定期的に顔を合わせます。第2火曜日に、オペラ座界隈のカフェでお茶会。第3日曜日に、国際大学都市内にある日本館で定例会。そして第4水曜日には、有識者を招いての講演会。
「医療関係者が、多いわね。骨粗しょう症や脳梗塞、糖尿病、あるいはアルツハイマーの予防について話してもらったり。それから心の病、特に老人性うつ病は深刻な問題なので、すでに2回、講演をお願いしてます」。
さらに年間を通じてのイベントとしては、1月の新年会、4月にはパリ郊外のソー公園の桜を愛でるお花見の会。夏には日本人経営の農場での、バーベキュー大会。他にも年1回、パリ近郊をめぐるバス遠足や美術館めぐりなど、盛りだくさんのメニューです。遠足や美術館見学では、元プロガイドの方がボランティアで案内を務めるそうです。
実は発足当初の「マロニエの会」は、「邦人高齢者が日本語で医療サービスを受けられ、日本食も食べられる老人ホームの設立」が、大きな目標のひとつでした。たとえ何十年もフランスで暮らし、言葉の不自由さがほとんどなくても、母国語で治療や介護を受けることは、大きな支えと安らぎになるはずと考えたからでした。しかしその実現には莫大な資金が必要で、現在は計画は頓挫しています。
「何より在仏高齢者の中で、最晩年を老人ホームで過ごす人は、そう何人もいないの。だったらそのための資金確保に奔走するよりは、会員たちに喜んでもらえるよう、日常活動をいっそう充実させた方がいいと思うんですよ」。

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先日開催された新年会には、僕も招かれて参加してきました。場所は上述した、パリ南端の国際大学都市にある日本館。1920年代、実業家で大富豪だった薩摩治郎八が、私財を投じて建設した学生寮です。1階のロビー、そしてホールには、治郎八がパトロンをしていた藤田嗣治の大作が2点展示されていることでも有名です。
そのホールで行われた新年会には、会員の家族や友人も合わせ、100人近くが集まったでしょうか。色とりどり、所狭しと並んだおいしそうな和食や和菓子は、ほとんどが会員たちの手作りでした。それらに舌鼓を打ちつつ、次々にステージに出て行っては、自慢の芸を披露する会員たち。安本会長も、達者に獅子舞を舞ってました。最後はのど自慢大会も行われ、大盛り上がりのうちに閉会となったのでした。
90歳を超える会員も含め、皆さんのパワフルさ、明るさには、ただただ圧倒されるばかりでした。会には日本館で暮らす寮生も含め、若い人たちの姿も少なくありませんでした。「世代を超えて、笑顔や元気を与え合いたい」と考えた安本会長が、意図的に考えた人選だったとのこと。お花見の会にも、若者たちが積極的に参加するそうです。
とはいえ安本会長には、気がかりなこともあります。
「会合やイベントに、積極的に出てきてくれる人たちは大丈夫なのよ。でも何度も声掛けしても、『私はいいわ』と断られたり、あるいは出たい気持ちはあるのに、身体がいうことを利かなくなってたり。そういう人たちへの定期的な目配りを、どうして行くべきか。私一人が頑張っても、限界がありますからね」。
次回以降は、フランスの日本人高齢者がどのような思いを日々抱きながら、日常を送っているのか、具体的に紹介して行こうと思います。
(文・写真柴田久仁夫)

柴田久仁夫さんのプロフィール写真
柴田久仁夫(しばた くにお)
フランス在住のフリージャーナリスト。静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。TVディレクターとしてヨーロッパ、アフリカで多くのルポを制作。並行して1980年代後半からは、F1グランプリ取材で世界中を飛び回っている。パリにて日本人の妻と娘の3人暮らし。趣味は美味いものの飲み食いと、ランニング。ブログ『ほぼワインな日々』