COVER STORY

医食同源

中国伝統の食文化の核

その魅力を新世代が再発見

photos : Hitoshi Iwakiri
text : Junko Haraguchi
 季節の食材を抱える中国伝統医学医師、徐文波(シュ・ウエンボ)先生と先生のアシスタントの王さん。
 「季節を意識して、旬の食材を採ることは、体を守るために大事なこと。秋冬の食材は体を温める性質のものが、夏の食材は体を涼しくする性質が多い。それは、ふだんの暮らしのなかで簡単に実践できます。北京では普通の料理のなかにそんな知恵がとりいれられていますよ」と徐先生。
 乾燥させた蓮の実(上)とユリの根(下)。中国では食材市場で売られていると同時に薬局でも売られる「医食同源」の見本のような食材。
 蓮の実は8月から9月、ユリの根は11月から2月が旬。お米と一緒に煮てお粥などにする。呼吸系統を潤す作用があり、北京では乾燥が激しい秋に好まれる。
 北京では伝統的に夏の食材とされる緑豆を煮込んだ「緑豆粥」。体を涼しくし、余分な湿気をとる作用があるとされている。
 緑豆は、お粥に使うだけでなく、水分を多くして煮込み、ジュースのようにして飲むことも。熱中症の予防にも取り入れたい食材。
 2017年夏、仏教徒のオーナーが開いた菜食料理のレストラン「一両飯」。
 有機野菜や中国の穀倉地帯である東北地方から取り寄せる雑穀が美味。でも富裕層狙い、というわけでなく近くのオフィス街で働く若者たちがふつうに訪れる。
 壁に書かれているのは店名の由来。「一度の食事を心をこめて作り、味わうことが修行になる」。食事の大事さにかかわる言葉。
 「一両飯」の菜食ランチセット。近くのオフィス街で働く若者むけに18元(約324円)超リーズナブル価格で提供。菜食の普及活動にもなっている。
 ランチセットは和え物などオードブル1種、炒め物など熱い料理2種に取り放題のピクルス類、それに主食と盛沢山。
 中国では野菜や雑穀の種類が豊富、豆鼓や黄醤など大豆を使った発酵調味料やピリ辛調味料も種類が多く、菜食メニューとは思えない多彩さがある。中国の菜食の豊かさを感じる。
 徐先生の監修のもと、伝統食をモダンにしてくれたシェフの蔡聞天(ツァイ・ウェンティエン)さん。
 少年時代からの料理好きで、シェフを目指しフランス留学、帰国後、5つ星ホテルなどでの経験を経て、現在はフレンチのプライベートレストランを営み、北京のモダンな若者に口コミで大人気に。
 実は日本アニメの大ファンであり、コスプレにはまっていたことも。頑固な料理一筋でない、引き出しの多さが魅力。料理の応用力も抜群、フレンチのエッセンスを取り込みつつ、中国の伝統食を新世代のセンスで解釈してくれた。
 小麦粉のクレープで春野菜を包んで食べる「春餅」の材料。北京では立春の日に食べる習慣がある。
 「ニラ、モヤシ、ホウレン草などは年中出回っている食材ですが、特に春分のころに収穫されたものを使って、旬のエネルギーを体に補充してみて下さい。春に芽吹いてくる野菜を包み、春の〝気〝を体に取り入れる、古くからの習慣です」と徐先生。
 厳しい冬を終え、万物が伸びてゆく特別な季節を食卓でも意識して大事に過ごしたい。
 春餅の具として大事なのは「芽のもの」、モヤシ、ニラ、タケノコなどがその代表。
 あらかじめ炒めておいた卵とモヤシ、ニラなどを炒めて、具材の準備。
 自家製クレープに、甜面醤を塗り、具を包む。行事食を作るのは、やはり楽しい。
 時間をかけての料理は、なにか幸せへのおまじない、のよう。
 「春餅! う~ん、素敵です!」と頬張るのは今回の撮影の場となった料理スタジオ「小樹集」を手掛ける趙遠飛さん。 実はもとテレビディレクター。
 数々の人気番組を持つことで知られる湖南衛星テレビで小学校や大学の新入生にフォーカスするリアリティショー「一年級」などを手掛けている。
 2017年、食いしん坊がこうじて「小樹集」を立ち上げる。レシピ動画撮影や、少人数制の料理教室を開催。食への好奇心とテレビディレクター時代に培った人脈で料理好きの輪を拡大中。
 乾燥が激しい北京の秋の必需品、「秋梨膏」。加工品としても多数販売されているが、やはり手作りすると抜群のおいしさ。
 肺と腸を潤す、秋が旬の「梨」は、乾燥の激しい北京の秋にふさわしい果物。生食では体を冷やす作用が強いため、熱を加えていただくのが良い。
 そんな梨のジュースに、羅漢果(天然甘味料)、ナツメ、ショウガ、氷砂糖などを煮て、最後にハチミツを加える「秋梨膏」 は、中国の伝統的な料理のひとつ。
 手作りの「秋梨膏」は、ガラス瓶にいれて冷蔵庫で保存します。
 小さじ一杯を基本に、お好みの分量をお湯をで割っていただきます。よく晴れた秋の午後にどうぞ。
 「無用真味」は、中国各地の手作り食品を集めたショップ。2008年パリオートクチュールコレクションに参加した、国際的女性デザイナー、馬可が2016年にオープンさせた食のブランド。
 「無用」というコンセプトは、中国各地の手仕事の保存を目的に手織、手染、手縫いの服を世に送りだそうとするもの。フードのジャンルでも 失われつつある伝統的な食品と都会の消費者をつなぐプラットフォームを立ち上げた。広大な中国を旅し自ら選んだ食品はさすがのセレクション。手作りの「秋梨膏」も売られている。
 「無用真味」に隣接するのは、馬可のクリエーション作品やコレクションが展示される空間「無用生活空間」。
 この日は馬可の07年パリコレクション参加時の作品である「無用之土地」が展示されていた。手わざの布の美しさは息をのむほど。
 いま北京では、若い世代を中心に、中国の伝統的な生活文化のモダンなアプローチによる見直しが静かに進んでいる。なお、馬可は、習近平夫人である彭麗媛の外交行事時の服を手がけることでも知られる。
 北京気鋭のメディアカルチャーの旗手・蘇静さん、35歳(前列左から2人目)と編集部のスタッフ。
 2011年、「知日」を立ち上げた蘇編集長は80年代生まれ、そしてスタッフの多くは90年代生まれだ。日本のカルチャーを徹底的に深堀するその「知日」の編集スタイルが、カルチャー志向の中国の若者の好奇心を刺激し、絶大な支持を集めている。
 現在では、「知日」中国伝統文化にフォーカスする「知中」、食文化がテーマの「食帖」などを立ち上げ、多様なカルチャーをさらに深く堀り下げている。
「ホウレン草粥」

「今は一年を通じて入手できる野菜ですが、春先に出てくるもので旬のエネルギーを体に取り入れるのが大事。葉っぱは刻まずに、お粥などに入れていただくと美味しい。根本の赤い部分にもたっぷり栄養があります」

●ホウレン草について:旬=「12月~早春」・五性=「涼」・五味=「甘」
「蓮の実とユリの根のお粥」

「蓮の実には、雨がほとんど降らず乾燥が激しい秋冬の季節、空咳や息切れなどが起きやすくなる時期に気を補う作用があります。また、ユリの根は肺や大腸を潤す作用があり、お粥に用いられることが多い食材です。


●蓮の実について:旬=「8〜9月」・五性=「平」・五味=「甘」
●ユリの根について:旬=「11月~2月」・五性=「微寒」・五味=「苦」
「ズッキーニのお焼き」

「ズッキーニなどのウリ類は、体を涼しくする食材であり、『寒』がそれほど強くないので、体のバランスがとりやすく子供やお年寄りでも安心です。ズッキーニパイ(糊塌子)は、細かく刻んだズッキーニ150gを、準強力粉60g、卵2個、ニンジン150gと混ぜ込んで焼く、北京の伝統的な『お焼き』子どもからお年寄りまで人気の料理です」

●スッキーにについて:旬=「夏」・五性=「涼」・五味=「苦」
「リンゴのソテー」

「果物は体を冷やす性のものが少なくないですが、リンゴは『平』なので、偏りがなく、子供やお年寄りにも安心な食材。生食だけでなく、リンゴのソテーにして食べるのもおすすめします。火を通すと柔らかくなってさらに食べやすくなりますよ」

●リンゴについて:旬=「秋」・五性=「平」・五味=「甘・酸」
「ヒツジ肉の火鍋」

「中国語で美味を表す『鮮』という文字を見ると、魚とヒツジの組み合わせ。つまり古代から中国人にとって一番のご馳走で、特に寒い冬に体を温め、エネルギーを補う食材と考えられています。中国では丸焼きや塩ゆでなどのシンプルな調理法が主ですが、北京では、ヒツジ肉のスライスのしゃぶしゃぶ、火鍋が伝統の料理として有名です」

●ヒツジ肉について:旬=「秋冬」・五性=「温」・五味=「甘」
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