医食同源
その魅力を新世代が再発見
日本の1980年代、バブル期のグルメ現象を知る人なら懐かしい気持ちになるほどかもしれない。経済力に支えられ、様々な店を食べ歩く。海外旅行に出かけ各国の美食を味わう。そして盛んにSNSにアップするので情報が拡散、刺激が刺激を呼んで食への関心は高まるばかり。
そしてその興味は外国のそれだけでなく、今、自国の食文化に向かう。中国食文化の奥深さが今、再発見されている。
「二十四節気」を再発見する中国
北京の中間層が毎日の出勤や打ち合わせに使う地下鉄やタクシー。いまどきはそこにもスクリーンが設置され、動画配信がなされている。北京に住む私も移動時につい見ることになるが、レシピの動画もとても多い。ピザやチキンのロースト、といった西洋系もあるが中華の比率も半分以上だろうか。中華といっても「強火で炒め物」というかつての瞬間芸のイメージでなく、繊細な手仕事のプロセスで作られるオードブルや保存食などが多く、思わず見入ってしまう。
ここ2年ほどは、「二十四節気」をテーマにしたレシピも目立つ。中国が申請した「二十四節気」は、2016年にはユネスコの世界無形文化遺産リストに登録されている。その影響もあって農耕に基づく古来の節目が今各領域でブームだ。出版物も多いし、動画レシピにも「立春」「処暑」「白露」「冬至」など二十四節気の日にふさわしいレシピがよく登場する。
日本のグルメブームは、フレンチやイタリアンなど海外の食文化への関心が一気に高まり、次のステップで和食の見直しが起こった二段階進化の印象があるが、何事においても駆け足の中国では、海外文化が一段落、すでに次の自国文化の深堀り段階が始まったように感じられる。
グルメブームで海外の食文化にスポットがあたるのは、まあ普通なのだが、中国に住む私としては、グルメブームと自国の食文化の再発見がシンクロナイズした結果、次々生まれてくる現象がとても興味深い。そこには海外文化をそのまま輸入するのとは違う、今を生きる中国人ならではの伝統の新解釈が感じられるからだ。
日常の食生活のなかにある「ふだんの薬膳」
では、中国食文化の伝統のもっとも核となるものは何だろう?それは「ただ、おいしい」だけではない、ということに尽きるように思う。味だけでなく、もう一歩健康方向へ踏み込み、一つ一つの食材やその組み合わせが体にもたらす影響も意識する、という点だ。
……と書くと生薬などを使った特殊な薬膳の印象になるのかもしれないが、そうではなくて、中国ではわざわざ薬膳レストランにいく人は極めて少数派だ。北京に住む私はたまに日本から訪れる友人を迎えることが多いが、よく「薬膳レストランに行ってみたい」といわれ頭を抱える。なぜ日本では、「中国伝統の食文化」イコール「薬膳」みたいなコトになっているのだろう……?
実は北京においては、「薬膳レストラン」ではなく、もっと自然にカジュアルに、ふだんの食卓で「薬膳的な食事」が実践されている。大胆にいってしまえばふだんの食事イコール薬膳になり得ている。
その核は、食材の性質を知り、その日の暑さ寒さ、自分の体調にあわせて料理を選ぶ、ということだが、その例を少し挙げてみよう。
例えばキュウリやニガウリ、トウガンなどウリ類は体を冷やす。トウガラシやヒツジ肉は体を温める。果物の多くは体を涼しくするが、ライチは体を温める作用が強く一度に大量に食べるとのぼせやすい。北京の人たちは、食卓でよくそんなことを言う。食事をするときに親が言い、子供の頭に自然に入り、また子供ができたら親は繰り返し同じようなことを言う。おそらくこんなふうにして長く伝えられてきた食の知恵だ。「ふだん薬膳」と私は名付けているのだけれど、こちらのほうにこそ私は中国食文化の底力を感じる。
80−90年世代にとっての「新・医食同源」
私の北京での友人は出版、メディア関係者が多いが、ハードで不規則な仕事で肌には吹き出物、口には口内炎が起きやすい。そういう状態は中国では「体に余分な熱がたまっている」とされるから、レストランにいくと「今日は(トウガラシの多い)辛い料理はやめておくわ」という発言が自然に出る。体に余分な熱のある時にさらに熱くするような料理はやめておくのは、立派な「ふだん薬膳」だ。
逆に凍えるような寒い日に体がさらに冷えるようなキュウリやニガウリの料理はもちろん、冷え切ったビールもNG。これだって「ふだん薬膳」といえる。
こうしてもともと食事と健康をひとつながりで考える「ふだん薬膳」はつまり「ふだん医食同源」。もともとそういう意識が高いうえに、昨今の中国の食の安全問題も加わり、安全でヘルシーな食事に対するニーズはかつてなく高まっている。そこで「ふだん薬膳」「ふだん医食同源」にも再びスポットがあたり、二十四節気のレシピを紹介する動画でも、その時に起きがちな「夏バテ」や「冷え」などの不調を調整できるようなレシピがさりげなく、だが確かに選ばれている。そのうえで器をウェスタンスタイルにして提供したり、これまでにはなかったハーブを加えてみたり、現代の中国の人ならではのセンスが光る。
1980年代生まれ、90年代生まれの新世代にとっては、そんな自国の伝統こそが今面白いようで、伝統からテーマを広い、モダンに解釈してプレゼンテーション。そんな大きな潮流が今起きている。
伝統をモダンカルチャーとして捉える若者たち
フードのジャンルに進出する知人も増えたが、そこでも底流に流れるのは、「伝統の新解釈」だ。「無用」という服のブランドを手掛けていた中国の著名デザイナー、馬可は、中国各地の伝統食と都会の消費者を結ぶ食品ショップ「無用真味」をオープン。
日本カルチャーを専門に紹介する中国語の雑誌「知日」を2011年に立ち上げた蘇静は、「食帖」というフードの雑誌、それに続けて「知中」という中国カルチャーを専門に紹介する雑誌を立ち上げ、そのなかには中国伝統の食文化も登場する。
「知中」の売り上げは時に「知日」を上回って好評。「一時期大ブームだったスタバより中国茶のカフェに行列ができたりしている。若い子たちは中国の伝統文化をフレッシュなものとして受けとめている」と蘇静編集長。
TVディレクターだった趙遠飛は、フードの動画サイトのための撮影スタジオを今夏、立ち上げた。ブームのレシピサイトでも、伝統食の再アレンジは、今、大きなトレンドだ。
中国の食のシーンはこうして今とても面白くなっている。実はシンプルで実践しやすい伝統の「ふだん薬膳」「ふだん医食同源」は、これからもさらに再発見され、応用され、アレンジされ、駆け足で進む国に生きる人々を守り続けるのかもしれない。さらには日本を含む海外でもこの知恵が広く再発見され新たなトレンドになるような予感もしている。
「ふだんの薬膳」ミニレシピ
supervisors:徐文波(Xu Wenbo)
&蔡聞天(Cai Wentian)
人間は年齢を重ねると、消化能力、代謝能力が弱ってきますが、まずは食べ過ぎない(太らない)、刺激の強いものは避けるといったセルフケアは大切です。それは高齢者だけでなく、成長過程にある小さな子どもたちにとっても同じこと。もちろん、大人にとってもカラダを労る食習慣は大切です。 さて、薬膳には知っておきたい基本的なキーワードあります。ここでは代表的な3つのキーワード、「陰陽」「五性」「五味」について、簡単に解説しておきす。
「陰陽」……季節とのつながりを大切にする。
「陰陽」とは、太陽と月、天と地、昼と夜、男と女など、万物を「陰」と「陽」に分類し、その相互作用から宇宙の成り立ちをとらえる中国古代の哲学思想です。わかりやすく言えば、それは季節とのつながりを大切にすること。「陽」に分類される春夏、「陰」に分類される秋冬を、体を温める陽の食材、体を涼しくする陰の食材を上手にとりいれながら過ごし、身体の陰陽バランスを保つ。それが、現代に伝わる中国伝統の養生食の基本なのです。
「五性」……旬の食材が持つ5つの性質。
すべての食材は、体を温めるか、涼しくするかの程度に基づき「寒」「熱」「温」「涼」、それに体を熱くも涼しくもしない「平」を加え、「五性」(ごしょう)に分類されます。一般的には、冬に採れるものは体を温める「温」や「熱」、夏に採れるものは「涼」や「寒」であることが多く、旬のものを採ることは体を寒さや炎熱から守りバランスをとるうえで中国医学の理論にも適っているのです。
「五味」……食材の味が持つ5つの働き。
食材の持つ味も「酸」「苦」「甘」「辛」「塩」の5つに分類されます。またそれぞれの味が、五行と言われる「肝」「心」「脾」「肺」「腎」といった身体の機能(臓器名称ではありません)に関連づけて考えられています。例えば「脾=甘」。消化吸収により全身に栄養を巡らせ、免疫力を増す「脾」の働きが落ちているときは「甘いもの」が欲しくなるといった具合です。五行と五味の組み合わせは、肝=酸、心=苦、脾=甘、肺=辛、腎=塩となります。
季節の旬を、五性や五味という考え方で分類するのが薬膳の手法ですが、気をつけていただきたいのは、過剰に一つの性質や味に偏らないことです。偏った採り方をすると体のそれぞれの働きを損なうのでバランスよくメニューを考えるのが養生食の知恵と覚えておいてください。
みなさんも是非、お試しください。
●「緑豆」について:旬=「夏」・五性=「涼」・五味=「甘」
●「梨」について:旬=「9月~10月」・五性=「涼」・五味=「甘、酸」
●「ニラ」について:旬=「早春」・五性=「温」・五味=「辛」