COVER STORY

行列ができる
介護食②

世界初の分子調理メソッドが
介護食の未来を変えていく
医療法人・社会福祉法人さわらび会は、電通アイソバー株式会社などと協力し、「おいしさ」を科学する新しい介護食を追究する「SAWARABI HAPPY FOOD PROJECT」を立ち上げた。「料理は科学である」という視点で開発された第1弾のメニューは、記念日用介護食「にぎらな寿司」。原材料は本物の寿司と同じだが、世界初となる分子調理のメソッドを用いて調理。口の中でとろける食感でありながら、味わいは寿司そのものという驚きを与えてくれる。分子調理のメソッドを用いることで、介護食にどのような革命が起こるのか。なぜ分子調理なのか。今回は、さわらびグループとともに本プロジェクトを立ち上げた電通アイソバーに話を聞いた。
photos : Taro Imahara
text : Kanako Ozasa , Shigeki Jizo

分子調理のメソッドってなんだろう?

 グルメな人ならば、「分子調理」と聞いたら真っ先にスペインのレストラン「エル・ブリ」が思い浮かぶかもしれない。1997年にミシュラン三ツ星に輝き、グルメ本では軒並みランキング1位を獲得。一時は「世界で最も予約がとれないレストラン」としても有名になった(現在は閉店中)。
 最も話題になった調理法は、ソーダを作る器具を改良したものとガスを用いて、食材を泡状の料理に変える「エスプーマ」。「エル・ブリ」の料理長だったフェラン・アドリアの実験的かつ芸術的な料理は、「分子ガストロミー」と呼ばれ、世界中で賞賛された。しかし、厳密にいえば「分子調理」は、おいしい料理を分子レベルで調べる「分子調理学」と、分子レベルで調べた原理を応用しておいしい料理をつくる「分子調理法」に大別される。

 第1弾メニューの「にぎらな寿司」には「白麹清酒によって生臭さの原因となる成分を中和する」「酵素を使用してご飯に含まれるデンプンの糊化を抑える」「真空調理によって浸透圧を高める」といった分子レベルで調べた原理を応用しておいしい料理をつくる分子調理のメソッドが用いられている。メニュー開発はさわらびグループのメンバーを中心に、クリニカルフードプロデューサーの多田鐸介氏が担当。分子調理学専門家である宮城大学教授・石川伸一氏と、東北生活文化大学講師・濟渡久美氏のアドバイスを加えて作られた。

分子調理メソッドで再現された寿司の驚き

「前から興味をもって調べていた分子調理のメソッドを、ぜひ介護食に生かしたいと思っていました」
 電通アイソバーの上江洲佑布子(うえすゆうこ)氏は、分子調理メソッドを介護食に導入することについてこう語った。
 同社は、高度化・多様化するデジタルマーケティングへのニーズにワンストップで応えるデジタルエージェンシーであり、アイデアやテクノロジーの力でビジネスや人々の生活をより良いものに変えていくことを企業理念としている。その一環として、「SAWARABI HAPPY FOOD PROJECT」にも参加している。
 同社の田場晋一朗氏は、多田氏が分子調理メソッドにより開発した最初の「にぎらな寿司」を、昨年11月に行われたさわらびグループの試食会で一度試食している。そのときの感動を今もはっきり覚えていると言う。
 「分子調理によるレシピ開発をしていただく方の人選から始め、最終的に多田氏にお寿司を介護食として開発してほしいと依頼したのですが、実際にできあがったものを試食するまではどの程度の完成度のものができるか……正直なところ半信半疑でした。多田氏が開発したムース状の試食品を見たときもまだ、味がどの程度再現されているのか予想がつかなかったのです。
 ところが、実際に口に入れた途端、あまりの完成度の高さに感動して目頭が熱くなりました。まさにお寿司そのものの味わいだったんですよね」(田場氏)

機械化と数値化がレシピの再現性を高める

 再現性の高い料理を作るためには、機械化できるところは極力機械化して、材料の分量や調理方法は数値化することが重要だという。
 たとえば、「鍋を使ってとろ火で良い感じの色具合になるまでゆでる」といった曖昧で個人の感性に依存した手順ではなく、「スチームコンベクションに入れ、スチームモードの75℃に設定。30分間加熱する」といったふうにレシピを明確・平準化する。「にぎらな寿司」のように生の食材を攪拌する場合は、表面温度を測って10℃以下をキープ、攪拌時間を正確に守るなどレシピを詳細にする。そうすることで、現場の調理スタッフも安定した「おいしい料理」を利用者に提供することが可能になる。これもまた、分子調理メソッドのひとつだ。
「SAWARABI HAPPY FOOD PROJECT」で開発された「にぎらな寿司」は、利用者一人ひとりの嚥下度合いや嗜好性に合わせて「ネタの種類」「量」「味付け」「やわらかさ」「加熱・非加熱」をカスタマイズが可能。それだけでなく、画像認識技術による完食率の計測も含めてデータを蓄積していくことを視野に入れている。

ITの活用で体調や嗜好性の変化をキャッチ

 本プロジェクトを率いる、さわらびグループCEO/DEO・山本左近氏はこう語る。
「今後は電通アイソバーさんと協力しながら、数値化されたレシピや患者さんの症状と嗜好性に関する情報、そして介護食の完食率や感想などのデータを蓄積して共有する仕組みを構築していきたいと考えています。利用者様の体調の変化や嗜好の変化など、変化に気づきやすくすることにより、予防医療にも役立てるのではないかと思うのです」
 またデータ登録も、極力人の手に依存しない客観的な数値が自動的に記録できるよう、IoTの活用を見据えている。前出の上江洲氏が言う。
「たとえばある調理スタッフの方が、『ブリクサー(食材を攪拌する調理器具)で3分間、20℃の温度を保って使用した』とします。それをご本人が登録するのではなく、ブリクサーに搭載されたセンサーが感知して自動的に記録されるような仕組みを作ることで、“この料理がレシピ通り正しく調理されたかどうか”がわかります」
 最新テクノロジーを活用した未来の介護食は、より美しく、よりおいしくなるだけでなく、より高い水準で提供されるようになるのだろう。
「ようやくスタートを切ったところ。初めてのことばかりですから、何をするにもチャレンジという段階ですが、手応えは感じています」(前出の田場氏)
 次回は、田場氏が「このプロジェクトは多田さんなしでは成立しなかった」という、クリニカルフードプロデューサーの多田鐸介氏のインタビューをお届けする。
(続く)

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