CROSS TALK
SAKON Dialogue : 005
本当に幸せな自立支援のかたちを考える
佐々木淳(医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長)
佐々木淳
JUN SASAKI
医療法人社団 悠翔会
理事長・診療部長
理事長・診療部長
SAKON Dialogue : 005
本当に幸せな自立支援のかたちを考える
超高齢社会の足音が間近に迫りつつある今、医療ならび介護という言葉が身近になりつつある。少なくとも平均的に、人生最後の10年間は医療と介護のサービスを受けなければならないのが現実だ。10年以上前にいちはやく在宅医療の必要性に気づき、内科医から在宅総合医療の道に転身をはかったのが佐々木淳医師。現在、佐々木医師が理事長を務める医療法人社団 悠翔会は、1都3県11か所に拠点となるクリニックを持ち、24時間対応で訪問診療を行っている。これからの在宅医療や自立支援の理想のかたちはどうあるべきか、そして超「幸」齢社会を実現するための方法論に至るまで「長寿のMIKATA」編集長の山本左近が佐々木医師にうかがった。前編・後編の2回に分けてお送りする。
photos : Takuyuki Saito(d'Arc)
text : Masaki Takahashi
不治の病気や障がいを抱えた患者を
不幸だと決めつけるのが不幸のもと
山本左近(以下、左近):今日はお時間をつくって下さってありがとうございます。以前から、佐々木先生が活動されている在宅医療への取り組み方や、自立支援の考え方をお聞きしたいと思っていました。
佐々木淳(以下、佐々木):お話する機会をいただきありがとうございます。でも今日が初対面ではないんですよね。
左近:最初の出会いは4年くらい前でしょうか、たまたま医療関係の会合でご紹介いただきました。それ以来、先生の活動を大変興味深く思っていたところ、昨年8月に講演会にてお話を聞いて、佐々木先生ともっとお話してみたいと感じました。医療や介護における常識に対して常に疑い持ち、理想を追求する姿勢は本当に素晴らしいと思っています。先生は内科医だったそうですが、そこから在宅医療の分野に思い切って飛び込み、非常に精力的に、そして献身的に活動なさっておられるその原動力とは一体何だったのでしょうか。
佐々木:僕は、ブラックジャックのような漫画を読んで「人の命を救う仕事って素晴らしいな」と憧れて医師になった、わりと単純なクチで。でも実は、外科医ってなんでも診られるわけではないんです。僕は人間全体を診る医師になりたくて内科を選びました。同じ理由で、(当時は)臓器別に担当が分かれていた大学病院で勤めるのは違うなと思い、民間の三井記念病院に勤務しました。
でも結局、総合病院でも「専門家」になることを求められたんです。3年目から消化器内科、4年目で肝臓専門に進み、最終的には肝臓がんのエキスパートになっていくような道筋が見えた。こうなると患者さんに対する視点がどんどん狭くなって、「患者さん」が見えなくなる。全体像が見えなくなっていくんです。まるで肝臓がんの影だけを追っていく人生になることに疑問をおぼえ、しかも肝臓がんは必ず再発するので最終的に患者さんは亡くなってしまう。人の役に立ちたい想いで医師になったはずなのに、自分の進むべき道はこれでいいのかと疑問を感じるようになったんです。
2006年に在宅療養支援診療所を開設したのですが、その少し前に在宅診療のアルバイト中に出会ったALS(筋肉が萎縮していく病気)の患者さんが、在宅医療の本当の意味を教えてくれたんです。患者であるその女性は言葉を発せられず、人工呼吸器をつけたまま、完治できないつらい病気と向き合っていました。「生きる喜びはあるんですか」と率直に聞いたこともあります。
彼女はワインが大好きで、ガーゼにしめらせて香りと風味を味わい、酔いたい時には胃ろうからワインを入れて、ご主人と晩酌を楽しんでいました。ALSになってからというもの、商社マンのご主人が看病で自宅にいる時間が長くなり、自分を愛してくれることがわかったので、とても幸せだって言うんです。僕はその時にハッと気づきました。医師が「治らない病気や障がいは不幸だ」と患者にレッテルを貼ることこそが患者を最も不幸にしているのだと。
左近:心に突き刺さる話です。医療や介護の現場と向き合っている僕らからしてみても、人に寄り添うということは何かということ、その原点を思い起こさせてくれるエピソードです。
佐々木:健康寿命を伸ばすことはとても大切なことですが、人生の最後の10年はどうしても介護が必要になる期間がでてくる。
その時に「動けないことが不幸」と思って生きるか、「動けなくてもハッピー」と思って生きるかで大きな違いが生まれるんです。そういう気持ちを支える仕事がしたいのだと気がついて、在宅医療の道に進む決意に確信が持てたんです。
左近:ウルっときてしまいますね。「人の役に立ちたい」という先生の原動力となっている部分にふれ、あらためて感動しました。先生は、在宅医療を通じて「障がいがあるから不幸」というレッテルを貼られてしまいがちな人たち、絶望の中にいる人たちと接しながら、「失くしたもの」ではなく「今、あるもの」「今できること」そして、「ご本人のしたいこと」を尊重し、個々の幸福をサポートするお手伝いをされているんですね。
佐々木淳(以下、佐々木):お話する機会をいただきありがとうございます。でも今日が初対面ではないんですよね。
左近:最初の出会いは4年くらい前でしょうか、たまたま医療関係の会合でご紹介いただきました。それ以来、先生の活動を大変興味深く思っていたところ、昨年8月に講演会にてお話を聞いて、佐々木先生ともっとお話してみたいと感じました。医療や介護における常識に対して常に疑い持ち、理想を追求する姿勢は本当に素晴らしいと思っています。先生は内科医だったそうですが、そこから在宅医療の分野に思い切って飛び込み、非常に精力的に、そして献身的に活動なさっておられるその原動力とは一体何だったのでしょうか。
佐々木:僕は、ブラックジャックのような漫画を読んで「人の命を救う仕事って素晴らしいな」と憧れて医師になった、わりと単純なクチで。でも実は、外科医ってなんでも診られるわけではないんです。僕は人間全体を診る医師になりたくて内科を選びました。同じ理由で、(当時は)臓器別に担当が分かれていた大学病院で勤めるのは違うなと思い、民間の三井記念病院に勤務しました。
でも結局、総合病院でも「専門家」になることを求められたんです。3年目から消化器内科、4年目で肝臓専門に進み、最終的には肝臓がんのエキスパートになっていくような道筋が見えた。こうなると患者さんに対する視点がどんどん狭くなって、「患者さん」が見えなくなる。全体像が見えなくなっていくんです。まるで肝臓がんの影だけを追っていく人生になることに疑問をおぼえ、しかも肝臓がんは必ず再発するので最終的に患者さんは亡くなってしまう。人の役に立ちたい想いで医師になったはずなのに、自分の進むべき道はこれでいいのかと疑問を感じるようになったんです。
2006年に在宅療養支援診療所を開設したのですが、その少し前に在宅診療のアルバイト中に出会ったALS(筋肉が萎縮していく病気)の患者さんが、在宅医療の本当の意味を教えてくれたんです。患者であるその女性は言葉を発せられず、人工呼吸器をつけたまま、完治できないつらい病気と向き合っていました。「生きる喜びはあるんですか」と率直に聞いたこともあります。
彼女はワインが大好きで、ガーゼにしめらせて香りと風味を味わい、酔いたい時には胃ろうからワインを入れて、ご主人と晩酌を楽しんでいました。ALSになってからというもの、商社マンのご主人が看病で自宅にいる時間が長くなり、自分を愛してくれることがわかったので、とても幸せだって言うんです。僕はその時にハッと気づきました。医師が「治らない病気や障がいは不幸だ」と患者にレッテルを貼ることこそが患者を最も不幸にしているのだと。
左近:心に突き刺さる話です。医療や介護の現場と向き合っている僕らからしてみても、人に寄り添うということは何かということ、その原点を思い起こさせてくれるエピソードです。
佐々木:健康寿命を伸ばすことはとても大切なことですが、人生の最後の10年はどうしても介護が必要になる期間がでてくる。
その時に「動けないことが不幸」と思って生きるか、「動けなくてもハッピー」と思って生きるかで大きな違いが生まれるんです。そういう気持ちを支える仕事がしたいのだと気がついて、在宅医療の道に進む決意に確信が持てたんです。
左近:ウルっときてしまいますね。「人の役に立ちたい」という先生の原動力となっている部分にふれ、あらためて感動しました。先生は、在宅医療を通じて「障がいがあるから不幸」というレッテルを貼られてしまいがちな人たち、絶望の中にいる人たちと接しながら、「失くしたもの」ではなく「今、あるもの」「今できること」そして、「ご本人のしたいこと」を尊重し、個々の幸福をサポートするお手伝いをされているんですね。
自立支援とは高齢者にとって
最適な居場所をコーディネートすること
左近: 先生は医師として、「人それぞれの幸福をサポートすること」の重要性、むしろその本質といっていいかもしれないものを大切にされていると感じます。それを起点とすると、次に直面するキーワードが「自立支援」ではないでしょうか。昨今は高齢者の自立を推進する流れが以前よりも強まっていると感じます。佐々木先生の見地から、自立支援の考え方や在り方をぜひ聞かせていただきたいと思います。
佐々木:私は「自立支援」という言葉の使い方を、政府は間違っていると考えています。先ほどお話したALSの女性は、自分ではまったく動けませんが、自分の人生を自分なりにまっとうしていて、彼女こそ真の意味で自立していると思うんです。しかし現実は、「自分の筋肉で歩けたほうが幸せでしょ?」という、深く考察されていない、安直な考えが自立支援の定義になっている。ゆえに、「自立できない人はダメな人」みたいなレッテルが貼られてしまう危険性を感じます。だから、患者さんご本人の意向が置き去りにされた今の自立支援介護という考え方はどうしても好きになれませんね。
左近:たしかに視点が単眼的に偏ってしまうのではなく、もっと複眼的な視点で状況や個人を見つめなければ、自立支援の意味がどんどん空虚になってしまいますね。
佐々木:そもそも自立支援介護を、何のためにやるのかってことです。政府が考えている自立支援が上手くいったとして、社会保障費が下がるかというとそうはならないと思います。では健康寿命を延ばすため? 元気に過ごせる時間が長くなることはすごくいいことです。しかし、なんの役割も与えられず、やみくもに筋トレだけをやらされる高齢者は幸せでしょうか? そのようなことが行われている介護の現場もあります。
左近さんが副理事長を務める「さわらび会」の取り組みのように農業をやっていただき、作業にやりがいを感じながら運動ができるのならば、それは非常に意味があります。しかし、なんの目的もない中でひたすら筋トレさせられても、私なら辛いなって思いますね。
左近:さわらび会では、認知症のリハビリの一環として、元々大工さんだった方に木工作業をやってもらったり、主婦だった方にキッチンに立ってもらったり、それぞれにあった役割を探ってリハビリテーションに取り組んでいます。すると普段病室でぼーっとすることが多い方でもあっても、活き活きと笑顔で活動してくれるんです。認知症になっても誰か他の人の役に立つことができる。こうしたアプローチも自立支援のひとつの手立てになると考えています。
佐々木:まさにそこなんですよ。この人なら何がどれくらいできるかアセスメントをしながら、その人にとって最適な居場所をコーディネートする。すると日々生きている実感が得られて、幸福感も味わってもらえる。それがケアの本来あるべき形だと思います。画一的で無目的なリハビリプログラムを押し付けても真の意味でそれが自立支援に結びつくとは言い難い。よりよい人生を送る方法を一緒に考えることが何より肝要ではないでしょうか。
左近:やりがいや生きがいを提案し、その人の役割を創出していく。その人のやりたいという気持ちを湧き起こさせるお手伝いをする。できなくなっていく事が多いなかで、その人の望むことができるようにチームでサポートしていく、それが自立支援の理想形だと、そう僕も思います。
佐々木:私は「自立支援」という言葉の使い方を、政府は間違っていると考えています。先ほどお話したALSの女性は、自分ではまったく動けませんが、自分の人生を自分なりにまっとうしていて、彼女こそ真の意味で自立していると思うんです。しかし現実は、「自分の筋肉で歩けたほうが幸せでしょ?」という、深く考察されていない、安直な考えが自立支援の定義になっている。ゆえに、「自立できない人はダメな人」みたいなレッテルが貼られてしまう危険性を感じます。だから、患者さんご本人の意向が置き去りにされた今の自立支援介護という考え方はどうしても好きになれませんね。
左近:たしかに視点が単眼的に偏ってしまうのではなく、もっと複眼的な視点で状況や個人を見つめなければ、自立支援の意味がどんどん空虚になってしまいますね。
佐々木:そもそも自立支援介護を、何のためにやるのかってことです。政府が考えている自立支援が上手くいったとして、社会保障費が下がるかというとそうはならないと思います。では健康寿命を延ばすため? 元気に過ごせる時間が長くなることはすごくいいことです。しかし、なんの役割も与えられず、やみくもに筋トレだけをやらされる高齢者は幸せでしょうか? そのようなことが行われている介護の現場もあります。
左近さんが副理事長を務める「さわらび会」の取り組みのように農業をやっていただき、作業にやりがいを感じながら運動ができるのならば、それは非常に意味があります。しかし、なんの目的もない中でひたすら筋トレさせられても、私なら辛いなって思いますね。
左近:さわらび会では、認知症のリハビリの一環として、元々大工さんだった方に木工作業をやってもらったり、主婦だった方にキッチンに立ってもらったり、それぞれにあった役割を探ってリハビリテーションに取り組んでいます。すると普段病室でぼーっとすることが多い方でもあっても、活き活きと笑顔で活動してくれるんです。認知症になっても誰か他の人の役に立つことができる。こうしたアプローチも自立支援のひとつの手立てになると考えています。
佐々木:まさにそこなんですよ。この人なら何がどれくらいできるかアセスメントをしながら、その人にとって最適な居場所をコーディネートする。すると日々生きている実感が得られて、幸福感も味わってもらえる。それがケアの本来あるべき形だと思います。画一的で無目的なリハビリプログラムを押し付けても真の意味でそれが自立支援に結びつくとは言い難い。よりよい人生を送る方法を一緒に考えることが何より肝要ではないでしょうか。
左近:やりがいや生きがいを提案し、その人の役割を創出していく。その人のやりたいという気持ちを湧き起こさせるお手伝いをする。できなくなっていく事が多いなかで、その人の望むことができるようにチームでサポートしていく、それが自立支援の理想形だと、そう僕も思います。
佐々木淳
JUN SASAKI
医療法人社団 悠翔会
理事長・診療部長
理事長・診療部長
1973年、京都府京都市生まれ。1998年に筑波大学医学専門学群卒表後、三井記念病院の内科に入局。2006年に在宅療養支援診療所「MRCビルクリニック」を開設し理事長に就任する。2008年に同クリニックを悠翔会に改名した。現在都内近県合わせて11拠点をかまえ、総患者数約3500人、年間の訪問件数はのべ10万件を超える。佐々木医師本人は、プライベートではトライアスロンに打ち込むスポーツマンでもある。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。