COLUMN

試みと希望

ケアマネジャーの助手となる
AIをめざして

AIによるケアプラン作成支援
実証研究①
私たち誰しもがやがて老い衰えていく。しかし人により、歩きづらい、噛みづらい、耳が遠くなるなど、機能の衰え方は異なる。では、いざ自分がそうなったときどうなるか。家族の側に立つと、現状は介護保険制度を利用し、1割から2割負担(平成30年8月以降は一部3割負担)で、要介護者に応じた適切な介護サービスの提供を望むケースが多い。しかし、「適切な介護サービス」とはなんだろう? 要介護者に必要なサービスを日、週、月の単位で組み合わせた計画をケアプランといい、主に事業所や施設で働くケアマネジャーがそれを作成するが、「適切な」ケアプランの作成は決して簡単ではない。その業務を、AI(人工知能)が補佐する時代がやってきた。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Kanako Ozasa, Mayumi Mimura

AIはケアマネジャーの仕事を奪わない

「ケアプラン作成は、介護の専門知識を持ったケアマネジャーが行う業務のひとつだと思います。ですから、 『AI(人工知能)がケアプランを作成する』と聞いたときは、自分の専門性が問われることになるかもしれない、と思いました」
 ケアマネジャーの日下部澄美子さんは、はじめにそのような危機感を抱いたという。日下部さんの勤務先は、愛知県豊橋市にある、さわらび指定居宅介護支援事業所。「ある試み」が行われることを知ったのは、2017年の夏のことだった。
 それは、「AIによるケアプラン作成支援の実証研究」という、豊橋市とベンチャー企業の株式会社シーディーアイ(Care Design Institute Inc. 、以下「シーディーアイ社」)による日本初の取り組みだった。同市が保有している匿名加工された介護保険データ10万件(過去8年間分)をシーディーアイ社に提供し、シーディーアイ社はそのデータをAIに学習させ、自立支援型()のケアプランを作成。現場の介護職員がその内容を確認・修正しながら、同意が得られた71名の要介護者に対して提供した。期間は2017年11月から2018年2月までの約3ヶ月。豊橋市内で実証実験に協力した事業所は19ヶ所だった。
*要介護者が自分らしく自立して暮らせるよう支援すること。


「そもそもケアプランというのは、担当者の知識量や経験値によってかなりの差が出てくるため、どうしても属人的な業務になりがちなんです」。福祉村指定居宅介護支援事務所に勤務している有馬明子さんはそう言う。有馬さんのケアマネジャー歴は2年とまだ比較的浅い。
 すでに9年のキャリアをもつ前出の日下部さんも、「ケアプランは、サービスを利用する方の特徴や疾患、家族構成、経済状況、住む地域の特徴や活用できる制度などだけでなく、自分が蓄えてきた専門知識を駆使して作成します。利用者をとりまく生活の全体像をとらえることが大事ですが、そのとらえ方が担当者ごとの経験値などによってばらつきがあるのは、現状ではどうしても避けられないんです」と同意する。そして、「AIがこのあたりの問題をサポートしてくれることに期待しています」と続けた。
 AIはデータを蓄積するほど解析能力を向上させて、より精度の高い情報を提供することができる。少なくとも豊橋市においては、すでにシーディーアイ社に提供した匿名加工された介護保険データ10万件に加え、さらに現場でデータを順次追加していけば、結果としてAIが提案するケアプランの質も向上していくことになる。
 ケアプラン作成支援システムの研究・開発を行っているシーディーアイ社にも話を聞いた。
「よく誤解されてしまうのですが、私たちはケアマネさんの仕事を奪おうなんていう気持ちは全くないんです」。市場開発部兼経営戦略室・マネジャーの大橋翔史さんはそう強調する。
 ケアデザイン部に所属する看護師の谷口奈央さんが言葉をつなぐ。「要介護者様の主にADL(日常生活動作)やIADL(ADLよりも高度な動作・行動)に関する情報のサポートはAIが、より個別性が求められる情報収集とそれらに基づくアセスメントはケアマネジャーがされるなど、棲み分けが大事と考えています。現在は、現場にある紙のカルテに多くの情報が埋もれていますが、これは非常にもったいないことです。これらの情報もシステムで一元化して、職員の方々で情報を共有できるようにすることが理想だと思っています」

ホームズとワトソンのように

 ケアプランを作成する前には、「アセスメント(事前評価・課題分析)」という欠かせない作業がある。簡単にいえば要介護者本人とその家族に関するあらゆる情報収集をすることだが、適切なサービスを選定するには、全力で「ひと」と向き合い、対話を重ねなければならない。
 AIについて語られた記事でよく、「さまざまな仕事が今後AIに奪われる」というフレーズを目にするが、少なくともケアプラン作成の現場においては、それは感じられない。「ケアプランを作成する」という仕事は、単に知識や経験を蓄積すればできるものではないのだ。
 一口に要介護者といっても、身体・精神の状態から家族構成、さらには生活習慣や家族との関係、経済状況、地域とどのくらいかかわりをもっているかなどまで含めれば、全く同じケースなど存在しない。世帯ごとに丁寧なアセスメントをする必要がある。
 アセスメントのほかにも、経過を観察するモニタリング、実施した介護サービス内容を確認し、国民健康保険団体連合会へサービス費用を請求する給付管理(居宅の場合のみ)など業務は多岐にわたるが、最も求められる能力は「対話力」と「調整力」だと思われる。
 ちなみに、要介護認定で「要支援1、2」と認定された場合は地域包括支援センターの職員がケアプランを作成し、「要介護1」以上と認定された場合は居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作成する。福祉村地域包括支援センター所属の社会福祉士・村井陽介さんは、ケアプラン作成業務を始めてからわずか半年。「まだまだ勉強中の身ですが」と前置きしたうえで、「AIによるケアプラン作成支援の実証実験」を体験した感想をこう語った。
「あえていえば、今回AIが提案したケアプランには、ご家族の経済状況などが反映されていないものもありました。たとえばですが、身体状態などからみて『週に2回デイサービスを利用した方がいい』とAIに提案されたとします。確かに理想はそうかもしれませんが、そのご家族の経済的状況などをあわせて考えると、週1回だけでもいい場合もある。このあたりは、AIのデータ精度を高めていくことで今後解決できるといいなと思います」
 前出の日下部さんは、「気づき」という言葉を使った。
「今回、AIが出してくれたのは、本人のデータを入力することで得られる“身体状態に関する情報”と、“主治医の先生が医学的に見た意見書”、それから“過去に豊橋市でよく利用されたサービス”でした。長年ケアプラン作成をしていると、“この場合はこう”と決めてしまいがちですが、AIが考えもつかなかったサービスの組み合わせを提案してくることで、自分の中に気づきが生まれました」
 前出のシーディーアイ社・谷口さんは、「気づき」こそ、AIによるケアプラン作成支援システム導入の大きな意図であると話す。
「AIによるケアプラン作成支援システムというと、どうしても業務効率化といったイメージを抱かれてしまいますが、私たちの最大の目的は、よりよいケアマネジメントを社会に提供すること。
 ケアマネさんをはじめ現場の方々は多忙なこともあり、どうしても業務が習慣化されがちで、立ち止まる瞬間がありません。AIが思いもよらなかった提案をすることで、ケアプランを作成する方たちが『本当にこのサービスでよいのだろうか』、『もっとよい方法があるのではないか』と、自身の仕事について考えていただくきっかけになるかもしれない。それが結果的に要介護者様の自立や重症化予防に役立つと考えています」
 ケアプラン作成におけるAIの役割は、ライバルなどではなく「助手」だ。シャーロック・ホームズの隣には、事件解決に導くために必要な情報と一般的な推理を与えるジョン・H・ワトソンがいるように、AIがケアプラン作成者にとってなくてはならない存在になる日はきっとくるのだろう。AIはどこまでケアプラン作成者のよきパートナーになれるのだろうか。
(続く)

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