COLUMN

対話と調整

ケアマネジャーの助手となるAIを
めざして
AIによる
ケアプラン作成支援実証研究②
要介護者に必要な介護サービスを日、週、月の単位で組み合わせた計画をケアプランという。計画を立てるには、要介護者のニーズと個別性を考慮した目標を立て、目標達成のために必要なケアとサービスを考える必要がある。居宅介護サービス事業所や介護施設で働くスタッフが作成するが、未曾有の超高齢社会に突入しつつある日本において、その数は少なくない。支えを求めているのは要介護者と家族だけではない。スタッフ側もまた支えを必要としている。こうした事情もふまえて、豊橋市(愛知県)と株式会社シーディーアイは、日本初の取り組みである「AI(人工知能)によるケアプラン作成支援実証研究」を行った。AIはどこまで支えとなれるのか、現場の声を聞いた。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Kanako Ozasa, Mayumi Mimura

ヒトの経験値×AIによる判断で質を高める

 30から35。これは何の数字かというと、ケアマネジャー1人当たりがケアプラン作成を受け持つ、平均的な件数だ。
 要介護認定で「要介護1」以上と認定された場合、自宅で介護サービスを受けるケアプランは、居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作成することになっている。逓減制により40件以上持つのは難しいが、ベテランのスタッフは40件ギリギリまで受け持つこともある。
 対して、「要支援1、2」と認定された人のケアプランは地域包括支援センターのスタッフが作成するが、要支援と認定された人は自立して生活できる範囲が要介護よりも広いため、件数の上限がない。60〜70世帯受け持つこともあるのが実情だ。
 その背景には、増え続ける高齢者に対し、介護の担い手が増えないという現実がある。その一方で、人々の生活は多様化しており、サービスも多様化している。ケアプランの質の向上も要求されている。
「AI(人工知能)によるケアプラン作成支援の実証研究」が行われたのは、2017年11月から2018年2月までの約3ヶ月。豊橋市は、保有している匿名加工された介護保険データ10万件(過去8年間分)をベンチャー企業の株式会社シーディーアイ(以下「シーディーアイ社」)に提供。シーディーアイ社はそのデータをAIに学習させ、自立支援型()のケアプランを作成。現場の介護職員がその内容を確認・修正しながら、同意が得られた71名の要介護者に対して提供した。
*要介護者が自分らしく自立して暮らせるよう支援すること。
 同社ケアデザイン部に所属する看護師の谷口奈央さんは、「今回の実証研究では、要介護者とそのご家族の方々にもAIをご利用いただきましたが、『高齢者にはiPadでの操作は難しい』という感想を漏らす方もいました。ITリテラシーという側面でも格差はありますので、誰でも手軽に操作できるよう、UI(ユーザーインターフェイス)をもっと工夫しなければならないと感じています」と、今後に向けての課題を語った。
 居宅介護における最終的なゴールは、要介護者が自宅でその人らしく自立して暮らせるようになること。だからこそ、「介護が必要な期間はこのくらい」「今後このように変化していきますよ」など、今後の予測を伝えることも必要になる。
 この予測に関しては客観的な分析を求める世帯が多い。今回の実証研究で、ケアプラン作成者にとって特に役に立ったのは、この機能だったという。
 「『回復の見込みが悪い』など、人間だとどうしても伝えにくい内容もあります。ですが、AIはその点迷いがなく、蓄積した膨大なデータから判断しているので、ご家族にも納得していただけるんです」(福祉村指定居宅介護支援事務所所属・ケアマネジャーの有馬明子さん)
 自分の判断に100%の確信が持てない事項に関して、AIが10万件(過去8年間分)の介護保険のデータを基に同じ判断を下してくれる。それはケアプラン作成者にとっても心強かったという。

AIが寄り添うやさしい未来

 「ケアプラン作成において、ベテランのケアマネジャーさんでも自分の判断に迷うことは多々あります。そのとき、AIがそっと背中を押してあげられたら……今まで以上にスムーズに決断を下したり、行動したりできるはずです」。現場をよく知る、前出の谷口奈央さんはこう言う。
 ケアプラン作成者は、要介護者およびその家族に関する情報をもとにケアプランを作成するだけでなく、要介護者様とその家族に説明したり、介護サービスを実際に提供する事業者と交渉したりする必要がある。円滑にケアプランを実施するには、介護サービスに関する知識だけでなく、コミュニケーション能力が求められる。
 さわらび指定居宅介護支援事業所(愛知県豊橋市)に勤めるケアマネジャーの日下部澄美子さんは、“伝える技術”の重要性を語る。
 「私たちの仕事には、説明義務も含まれます。介護保険制度の使い方だけでなく、こちらが提案した介護サービスがなぜ必要なのか、内容や料金についてご理解いただけるよう必ず説明します。
 ですが、ご家族が『わかりました』とおっしゃり、わかっていただけたと思っても、実は間違って解釈されていたということはあります。こちらが提案したサービスを、利用するかどうか決断するのはご利用者様側。ご家族が介護を必要とするまでは、介護保険制度は身近なものではないことから、一度の説明では理解しづらいものです。そのため、何度も繰り返し説明し、ご理解いただけたかどうか確認をする必要があります。」
 しかし、いまや介護保険制度の在り方そのものが問われている時代が来ているという。
 「ご利用者様は、『要介護の状態になったら、介護保険が助けてくれる』と思い込んでいます。しかし高齢者の増加により、日本の社会保障費は逼迫している状況です。今後は介護状態になってからサービスを利用するのではなく、介護予防サロンを全国に増やすなど、そもそも要介護者をつくらない制度設計が必要ではないかと感じています」(福祉村地域包括支援センター所属・社会福祉士の村井陽介さん)
 前出の看護師の谷口さんも同意見で、加えてITの可能性についてこう語った。「現在の日本の医療制度では、カルテがぶつ切りになっている印象があります。欧米では生まれた時からかかりつけのお医者さんがいて、カルテはずっと続いています。対して日本は、病気や障害になるたびに別のお医者さんが診るうえ、カルテも一元化されていないので、適切な情報が医師の元に集まっていない可能性があります。そのような情報の蓄積といった面でも、AIをはじめとしたシステムが皆さまのお役に立てるのではないかと感じています」。
 現在の日本の介護分野におけるニュースは暗いものが多い。自分たちの世代は適切な介護を受けられるのか、今から不安視している人も決して少なくないだろう。
 シーディーアイ社・経営戦略室マネジャーの橋本将一さんはこう語る。
 「すべての人ではありませんが、世間では介護職というと3K(きつい、汚い、危険)といったイメージを持たれる方もいます。一生懸命、高齢者のために働いてらっしゃるのに、世間的なイメージが悪い、社会的地位が低いと感じている介護スタッフの方もいます。現場の方々は素晴らしいことをしているんです。
 そういった素晴らしい仕事を行っている人たちにとってAIなど最先端のITが、現場の方の労力を下げるだけでなく、介護職に対するマイナスイメージをスマートなイメージに変えるお手伝いができたらいいなと思います」
 介護の現場はすでに変わり始めている。ヒューマンコミュニケーションのよさは残しつつも、そのコミュニケーションをより円滑かつ質の高いものにするため、AIをはじめとした最先端のITが人間の作業を支えてくれる。ITが連れていってくれるのはきっと、そんなやさしい未来だ。

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