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北京特集 Part1
「老有所楽」

公園は、老人天国

自衛する北京の長寿術
 近年、目覚ましいスピードで変化を続ける中国、高齢化の進行も速い。北京市民政局発表によれば、市の総人口のうち60歳以上が占める割合は23.4%(2015年末)、社会制度の整備が急務だ。その一方で、全国民の健康をレベルアップするための施策も急速に進んでいる。

 北京を歩けば目に入る屋外に設置された運動器具もその一つ。大小を問わず屋外の公園で運動するシニアの姿を実によく見かける。さて、北京市最大規模の市民の憩いの場「天壇公園」へ出かけてみれば……。
photos : Hitoshi Iwakiri
text : Junko Haraguchi

一日約2万人が集まる屋外運動のメッカ「天壇公園」

 朝6時。天壇公園の開門時には、すでに北京のシニアが数多く集まっている。地元紙の報道によれば毎日、運動のために訪れる人は約2万人!
 その多くがシニアで、大多数が早朝にやってくる。天壇公園は1998年、世界遺産に指定されており、入場料がかかるが、シニアたちは「年票」(ニェンピャオ)と呼ばれる1年有効の格安パスを利用する。また65歳以上の北京戸籍のシニアであれば、北京市の優待パスにより入場無料となる。かくして273万㎡もある「天壇公園」は、北京のシニアにとっては運動場として使い放題。早朝からたいへんな賑わいに沸いている。
 開門とほぼ同時にシニアたちはそれぞれの場に散っていく。なんとなく、自然に棲み分けができており、東門付近は、「空竹」(コン・ジュ)と呼ばれる中国独特のコマを回す男性グループや太極拳の人。その先の「長廊」と呼ばれる回廊風の建物では、楽器や歌の音楽系やトランプ、囲碁などゲーム系を楽しむ人たち。さらに敷地を進むと、数多くの屋外健康器具を置いたスペースが出現、器具を使って体を伸ばしたり、回転させたりする圧倒的な数のシニアたち。

「引退したらまず公園へ」北京のシニアたちの習わし

 ここは1990年代後半から国の方針のもと国家体育局がスポーツくじの公益金を使って設営を進める屋外ジム(中国語では「全民健身路径」の一例で、天壇公園は、伝統的な運動だけでなく、こうした新運動の代表拠点でもある。そして西門付近に至ると、派手なダンスのグループに目が釘付けになる。
 自分は引退後、どの運動をしてみたいか? なども考えつつ巡っていくと、朝の運動でみな気分は上々で、「やってごらん」と道具を貸してくれたり、「一緒に踊ろ!」と誘ってくれたり。……これは懐かしの、子供時代の公園での遊び方にそっくり。「混ぜて!」が可能な世界なのだ。
 さらに見回すと恐る恐る健康器具を使う人や、ダンスのステップがまわりと全然あっていない、「いかにも始めたばかり」のシニアもたくさんいる。聞いてみると、ダンスや体操、太極拳などのグループの多くは、リーダー的な人にちょこっと入会費を払えばいつでも参加OK、脱会もOK。ほかの運動は来る者は拒まず、去るものは追わずのさらなる自由さ。「定年退職後のコミュニティ参加」といえばなんだか難しそうな「課題」に思えるが、北京の公園のシニアたちは、なんということはない子供時代に戻る方法でそれを楽しくクリアしている。この街には「退職したらまず公園にいってみる」という習わしがあり、みなそれに従って公園デビュー、仲間を見つけ、心身を健やかに保とうとしている。

朝の公園からはじまる、自衛的「養老健康術」

 実は私は日本人なのだが、北京に住んでもうすぐ25年(!)。年齢を重ねるにつれ、「引退したらともかくまず公園へ」という習わしが心の拠りどころになりつつある。公園へいってダンスを習ったり仲間を見つけたり、みんなものすごく楽しそうだし、そういうのもいいなあ、と思いながら過ごすのが心の余裕につながる。
 ひるがえって日本はどうだろうか。引退したら、まずどこへいったら良いのだろう。正直、思い浮かばなくて、北京の「引退したら公園へ」がシニアの様々な問題の解決案にも思えてくるのだ。
 なぜこの街ではそれができているのだろう。公園のシニアの人たちに聞くといろいろな答えが返ってくる。「だって病気になったら子供に迷惑をかけるでしょ。健康にしていなきゃ」は多数派の答えだ。中国ではまだ高齢者医療保険、介護保険がなく、そもそも保険制度自体もまだ完全とはいえず、高額な医療費リスクに対するシニアたちの自衛意識はとても高い。病気になってから慌てるのでなく、運動で未病を防ぐ。それが家計の節約にもなる、と口々にいう。
 病を防ぐ方法として、規則正しい生活の実践を挙げる人も多い。「毎日、決まった時間に運動することで一日のリズムができる」。そのために公園に来るのだという。
 時間帯に対する意識も高い。中国では伝統的に、太陽が昇り、多くの動物が動き出す朝は、人間が動き出すにもふさわしい、とされる。運動をするのならば朝、と多くの人が思っているから自然に同じような時間に人が集まってくる。

公園には「地気」と「人気」がある

 コミュニティの大事さも重視されている。「運動だけでなく仲間との毎日の雑談が楽しみ。誰かが1日でも休むと気になるよ」「みんながいろんな運動をしているのを見ていると、自分も自然にやりたくなる」「公園には『人気』(レン・チ)があるからね」と言う人もいる。
 この「人気」という言葉は、日本語とは意味が異なり、「気」を持つ人間が集まることで流れるエネルギー、のようなイメージ……と書けば難しげだが、人が多くいればともかくも自然に刺激と情報は増える、と「人気」をポジティブにとらえる人が多い。
そして「公園には『地気』(ディ・チ)があるから」という言葉も聞く。これは文字のまま、大地の持つ気のエネルギーを指す。大地の気をとりこむことが大事とされるから、コンクリートの建物のなかでなく、大地の上にある公園に向かう。
 職業観の違いも大きいだろう。話を聞けば「定年退職を心から楽しみにしていた」という人が多く、「仕事がなくて寂しい」派はほとんどいない。だからより積極的に公園に向かう気分になりやすいのかもしれない。……こうした様々な考え方が後押しとなり、今日も大量のシニアたちは公園で活動を繰り広げている。
 もちろん、公園に集まるのなど、いやだ、というシニアもいるだろう。孤独な老人の存在は中国でも大きな社会問題になっている。公園に集まるのは、あくまでも自分の選択と好みでやってきた人であり、ともかく公園までは自力でやってくることができるシニアたちだ。
 でも、それが一つの天壇公園で万を超える数となり、そのポジティブな姿が高齢化社会における一つのヒントに映るのである。

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