COVER STORY

HOW COOL!!

進化するパラスポーツ
心の壁を破るクリエイティビティ
「パラスポーツ」とは、身体的、あるいは知的障がい者が行うスポーツを指す。2020年、東京にオリンピックとパラリンピックがやってくることもあり、パラスポーツの知名度は以前よりも高くなった。パラスポーツは、私たちが思っている以上にエキサイティングで、頭脳的なスポーツなのだ。
しかし普段、パラスポーツを観戦する機会も、実際にやってみるチャンスもほとんどない。
もっとこの楽しさを知ってほしいーー。そんな想いから生まれたのが、株式会社ワントゥーテンによる「CYBER SPORTS」プロジェクト。パラスポーツにVRなどのテクノロジーを組み合わせ、エンターテインメント性も加えた製品を開発している。今回、山本左近が同プロジェクトから生まれた2つの製品を体験。その先に見えてきたものはいったい何か。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Sakon Yamamoto, Hiroko Suzuki

パラリンピックに興味を持ったのは
両足義足の元F1ドライバーがきっかけだった

 パラリンピックやパラスポーツ。かつて、これらについてよく知っていた人は、僕を含めてわずかだったと思います。しかし2020年、東京でオリンピックとパラリンピックが開催されることになり、一気に注目度が上がりました。
 僕がパラスポーツに興味を持ったきっかけは、2012年にロンドンで開催されたパラリンピック。アレックス・ザナルディ選手が、ハンドサイクル(手漕ぎ自転車)の競技で金メダルを取ったことです。
 もともと彼はF1ドライバーであり、インディカーチャンピオンとして活躍していましたが、2001年、レース中の大事故で両足を切断。しかし、彼は不屈の精神で事故から20ヵ月後の2003年、特別仕様のマシンに乗り込み、レースに復帰したのです。そして2012年、彼はロンドンで開催されたパラリンピックでハンドサイクルの競技に出場し、見事、金メダルを獲得しました。このニュースに、僕は心底驚きました。これが、僕がパラリンピックというものに興味を持った、一番最初のきっかけでした。
 2012年というと、僕がそれまで拠点にしていたバルセロナから日本に戻り、医療・福祉の仕事を始めたころ。パラリンピックが開催された8月は、日本での新しい仕事や生活リズムがまだ体に馴染んでいない、そんな頃でした。

「健常者」と「障がい者」が混在する社会
そこには、バリアフリーの心が育っている

 医療・福祉の仕事を始めてから、僕は何度も「障がいは不便だが、不幸ではない」という言葉を聞きました。もともとヘレンケラーの言葉だそうですが、何人もの障がい者の方が同じことを口にしました。裏返せば、彼らがこう言わなければならないくらい、日本にはまだ障がい者に対する差別や偏見が根深く残っていることなのだろうと思います。
 僕自身は、小さなころから障がいのある人たちと触れ合う機会がたくさんありました。両親が医療・福祉施設の運営をしていたので、小さい頃の僕が遊びに行くと、そこで暮らしているお年寄りや障がい者の方々みんなが遊んでくれました。また、僕の通っていた小学校には特別学級があり、そこには友だちもいました。
 ヨーロッパでは、障がいを持っている人もいない人も、当たり前のように街に混在していました。ドイツの街中でバスに乗っていたときのこと。視覚障がい者の方がイヤフォンで音楽を聴いていたのですが、音が漏れ、僕は「うるさいなあ」と思いましたが我慢していました。すると、僕の近くに座っていた中年の女性が彼に注意したのです。それを見たとき、彼が障がい者だから音が漏れていても注意しずらい、と無意識に差別をしていたことに気付かされ、自分をとても恥じました。 知らず知らずのうちに僕は彼を障がい者だと差別してしまっていたことに。

アスリートの世界を追体験できる
テクノロジー×パラスポーツ

 どうやったら障がいについて社会的な理解を得て、本当のバリアフリーを作ることができるのか。それを解決するもののひとつがパラスポーツです。
 僕は、2016年に行われたリオのパラリンピックを視察しました。出かける前は、映像で見たくらいしかパラスポーツを理解していませんでしたが、選手達の動きを間近で見ると、彼らはなんてすごい人たちなんだと感動させられました。僕は、アスリートの定義とは「スポーツで自分自身の限界に挑戦していくこと」だと思います。パラリンピックでは、選手たちが自己ベストはもちろん、パラ記録や世界記録を次々と塗り替えていきました。その様子を見て、彼らはまさに限界に挑み続ける真のアスリートだと思いました。
 今回、ワントゥーテンさんのスタジオで体験させていただいた製品は、「CYBER WHELL(サイバーウィル)」と、「CYBER BOCCIA (サイバーボッチャ)」。原型となっている車椅子レースとボッチャは、どちらもパラリンピックの正式種目です。
CYBER WHELLは、車椅子レースの車体を模したVR(仮想現実)レーサー。3輪サイクルに乗り、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレーを装着すると、まず目の前に広がる未来空間に圧倒されます。非常に没入感が高く、異次元にワープした感じがしました。スタートの合図とともに腕で車輪を漕ぎ、一直線に400m疾走。VRなので車体は動かないのですが、しかし、これが非常に疲れる! 途中で力が尽きそうになるくらいの疲労感でした。リオで、ハンドサイクルの選手達を見たとき、腕の太さがすごいなと思いましたが、体験してみて、彼らの威力を改めて思い知りました。

偏見や差別のない世界は
きっと、パラスポーツの延長線上にある

 続いて体験したのは、球技・ボッチャをアレンジしたCYBER BOCCIA。重度脳性麻痺者もしくは同程度の四肢重度機能障がい者のために考案されたゲームで、2チーム(編集部注:1チーム1〜3名)が6球ずつ投げ、ジャックボールと呼ばれる白の目標球にどちらが近づけられるかで勝敗が決まります。通常のボッチャでは、審判がボールの距離を測定しますが、CYBER BOCCIAでは上部に吊るされた2つのセンサーが位置を把握し、自動で勝敗を計算します。プロジェクターで映し出される映像は未来感があり、アミューズメント性が高まっているように感じました。
 ボッチャはパラスポーツの中では珍しく、健常者も障がい者も一緒に頭を使って楽しめる競技です。こうやって気軽に体験できる機会が増えれば、ボッチャというスポーツの魅力を知ることができるだけでなく、障がいの有無に関係なく、みんなでスポーツを楽しむきっかけになると思いました。
 人間は、わからないことや知らないことに、恐怖や不安を感じるもの。障がいに対してもそうで、わからなかったり知らなかったりするからこそ、怖そうで近寄りがたくなってしまうのではないでしょうか。だからこそ、もっとお互いに知り、理解しあう環境づくりが大切なのです。そのきっかけとして、一緒にパラスポーツをプレイしたり観戦したり、みんなで楽しめるコミュニティを作ることが役立つはずです。
 僕たちはパラスポーツやパラリンピックを通じて、何をレガシーとして遺すのか。その延長線上にあるのは、きっと障がい者の理解や偏見が少なくなった社会であり、そんなチャンスが2020年にあるのだと思います。

1→10,Inc
株式会社ワントゥーテン

1997年、澤邊芳明氏が大学在学中にワントゥーテンデザインを創業。2012年、Web制作会社4社を統合、株式会社ワントゥーテンを設立する。京都・東京・シンガポール・上海を拠点とし、広告クリエイティブ事業、ロボット/AI事業、IoT/商品プロトタイプ事業、空間演出/エンターテイメント事業を展開する4つの主要事業会社と関連会社及び海外法人の9つの会社で構成されているクリエイティブカンパニーグループ。タグラインは、“IGNITE EVERYONE,UPDATE EVERYTHING”。クリエイティブと革新的技術で人々の心に火をつけ、あらゆることをアップデートする体験を提供することをビジョンとしている。

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