COLUMN

趣味で
脳の回路を滑脱、
素晴らしい人生を切り開こう

《長寿の授業3》金井芳之先生
(福祉村老人保健施設
ジュゲム施設長/
医療法人さわらび会)
今回のテーマは「趣味と長寿」です。「作業療法」と呼ばれる、日常動作や趣味などを取り入れた認知症リハビリテーションがありますが、これはかつて繰り返し行っていた作業をやっていただくことで脳が活性化し、認知機能が改善するというもの。このように手足を動かすことは、脳の健康と大いに関係があります。反対に、いつまでも機能が衰えない元気な脳であれば、正しい指示を体の各パーツに送れるので、的確に体を動かし続けることができるわけです。趣味をもつことは脳と体の健康維持、すなわち健康長寿につながりますが、それはなぜなのか。高齢者医療および認知症ケアに詳しい金井芳之先生(医療法人さわらび会)からお話を伺いました。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Michihiko Kato

脳と体は蜜月、ともに健康であるべき

 私がおります医療法人さわらび会は認知症治療に特化していますので、多くのご家族の方が高齢の方を連れていらっしゃいます。いろいろなタイプの認知症の方がいますし、軽度の方もいれば、10年、20年以上の年月をかけて認知症が進んだ方もいらっしゃいます。もちろん認知症に限らず、さまざまな疾患を抱えた方がお見えになります。

 日々、高齢者の健康を管理している立場から言わせていただくと、年齢に関わらず脳も体も健康な方にはある共通点があります。まずひとつは、やはり遺伝子的に恵まれているということ。もうひとつは、どんな環境でも順応できる気力と考え方をおもちだということです。

 たとえば2人のビジネスマンがいたとしましょう。どちらも遺伝子的に恵まれていて、非常に優秀、そしてどちらも寝る間を惜しんで何十年も仕事に没頭していた。しかし、ある日を境にその仕事をやめ、これまでと全く違う環境に身を置くことになったとします。
 うちひとりは、新しい環境にストレスを抱えて病気になってしまった。しかし、もうひとりは全く気にせず、その環境に順応して生活を楽しんでいる。

 前者のように「環境の変化」がトリガーとなり、病気に罹る人がいます。逆にどんな環境でも平気で、文句も言わずに普通に生きちゃうような人は病気になりにくい。ちょっと無頓着なくらいの人のほうが、最期まで健やかに暮らせる可能性があるということです。この「病気」というのは体の病気に限りません。認知症やうつ病なども含めてです。

 脳は人間の体を司る司令塔です。情報を伝達する神経が全身に張りめぐらされていて、さまざまな器官とつながっています。脳は各器官からの情報を受け取りながら、全身をコントロールしています。ですから、身体機能が悪くなると脳に影響が出るし、脳の機能が悪くなると体に影響が出ます。
 高齢者は転倒により骨折することがあります。特に認知症の方が徘徊をすると、身体機能に加えて認知機能も低下しているのでより転倒しやすい。ですから、どの施設でも転倒防止に力を入れていますが、それは運動をせず、同じ状態でじっとしていると脳が退化していくからです。たとえば大腿骨骨折で入院し、ベッドの上で寝たきりの生活を続けると認知症が速く進みます。そういう悪循環が起こりやすいわけです。

 それだけ脳と体は相思相愛、密接な結びつきがあるということ。脳の働きがよければ体もよく動きます。集中力や注意力が衰えなければ、事故にも遭いにくくなるでしょう。だから若いうちからよく動き、ポジティブに生きることがとても大事なんです(図A参照)。

 ここで今回のテーマである「趣味」の話が入ってくるわけなのですが、趣味をもつことがどうして健康長寿と関係があるかというと、頭の中のネットワークが活発になるからです。認知機能が低下すると「新しい環境に適応する力」や「問題・課題を解決する力」も低下します。神経細胞と神経細胞のリレーがうまくできるようになると、認知機能改善が期待でき、環境変化に強い考え方をもつことにもつながるということです。

趣味で頭の中のネットワークを活発にする

 今回のテーマは「趣味と長寿」です。
 趣味をもつことは脳の働きをよくして、認知機能を改善する助けとなるという話ですが、ではどんな趣味がいいかといえば、それはもう何でもよいです。大事なのは、頭の中のネットワークを活発にすることですから。

 脳には「ニューロン」と呼ばれる神経細胞と、「グリア細胞」というニューロンをアシストする細胞があります。脳の活動の中心となるのは神経細胞で、その数は約1000億あるといわれています。
 神経細胞と神経細胞の間には「シナプス」と呼ばれるつなぎ目があり、そのつなぎ目には数万分の1ミリという、ごくごくわずかな隙間があります。そして、グルタミン酸やドーパミン、セロトニンなど100種類以上あるといわれる「神経伝達物質」がその隙間を行き来しています。これらの物質によって化学信号を送り、瞬時に情報のやりとりをしているわけです。そのやりとりのことを、先ほど「神経細胞と神経細胞のリレー」と表現しました(図B参照)。

 神経細胞は脳内中に張り巡らされており、ある行動をとるごとに複数の領域の間で通信が行われます。複雑な動きをしているときや、頭をよく働かせているときほど、より多くの脳の領域を使います。
 この神経細胞と神経細胞のリレーの道筋を「神経回路」といいます。シナプスのつなぎ目は100兆以上あるといわれていますから、神経回路の数は天文学的数字になります。これらの神経回路をどう配線し、どのようなネットワークを構築するか、これが重要なんです。

 たとえば同じ思考を繰り返したどると、特定の回路が強固になります。物事をネガティブにとらえがちな方は、その回路が強固になっていると考えられます。
 ですがこの回路は再配線、つなぎ換えることができるんですね。それだけではなく、新しい技術や情報を習得していく過程で、新しい神経回路をつくることもできます。趣味でも何でも、いろいろ考えながら行動すると頭の中のネットワークが活発になる。そして神経回路に変化が生まれるんです。

 かくいう僕は、今でこそ俳句をやったり習字をやったりしていますが、始めたのは比較的最近のこと。昔はずっと研究に没頭していて、寝る時間を削って生きてきました。他には写真も好きで、高校野球の写真もよく撮っています。英字新聞を読むのも習慣のひとつです。
 新しいことを始めると、「あれ? こんなことをどうして知ってるんだ?」と気付かされることがあるんですね。若い頃に覚えた知識や記憶が呼び起こされるんでしょう。頭の中のネットワークが活性化されるというのは、こういうことなんです。
 書物をたくさん読むのも、文章を書くのももちろんいい。運動も頭を使うので非常にいいですね。スポーツ観戦を通じて喜怒哀楽を感じるのもいい。要は楽しいと思えることをどんどん始めればいいんです。

生活リズムを整え、よく考える習慣をつける

 医療法人さわらび会には、「福祉村ブレインバンク」というものがあります。600症例以上の剖検脳を凍結した状態で保管しており、国内外のさまざまな大学や研究所とともに、アルツハイマー病を中心とした中枢性疾患の病因解明、臨床診断の向上や新しい治療法の開発に向けて研究を進めています。

 ご存じの方も多いと思いますが、認知症患者さんの約6割から7割を占めるといわれる「アルツハイマー型認知症」の方の脳を見ると、脳の萎縮が認められるとともに、「老人斑」というシミのようなものがあります。これはアミロイドβの沈着・凝集により形成されるものです。また、リン酸化した「タウ」というタンパク質の沈着により形成される「神経原線維変化」も見られます。このようなゴミの蓄積が神経細胞(ニューロン)を死に至らせる原因と考えられていますので、それを阻止する治療の研究および新薬の開発が世界中で行われているところです。

 認知症も含めて、脳も体も病気にならずに天寿を全うすることが理想です。しかし、もって生まれた遺伝子や体のメカニズムはどうにもできない。だからこそ予防策として、脳の健康を自己管理することが重要になります。
 仕事で忙しい人も多いと思いますが、「帳尻を合わせる」ことを意識してください。できれば、月曜日から日曜日までの1週間という単位の中で、生活リズムを調整されるとよいと思います。デスクワークが続いたら運動をする。たくさん働いたあとはプライベートの時間を確保して趣味を楽しむ。睡眠時間を削ったら、その後にしっかり寝る。ストレスを抱えたらリフレッシュする時間をつくる、と。これが脳のバランスを整えるポイントですね。

 そして、「よく考える」ことがすごく大事です(図C参照)。
「失敗は成功のもと」という言葉があるでしょう。本当にそうなんです。多くの人が失敗をすると「ああ失敗した」と思って終わっちゃう。でも、その失敗の中に成功があると考えられるかどうかです。
 それを発見できる天性のひらめきがない人は、考える能力を養えばいい。「この失敗をいかに次はやらないようにできるか」「どうすればこの失敗を克服して成功できるか」を考える力をつける。実はそこから初めて、本当に素晴らしいものが生まれるんです。

 どんどん好きなことにチャレンジして、失敗を繰り返して、どんどん神経細胞と神経細胞のリレーをさせましょう。脳と体の健康維持はQOL(生活の質)の向上につながります。あなたの人生がずっと豊かになりますよ。

金井芳之

YOSHIYUKI KANAI

1942年、群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、東京慈恵会医科大学卒業後、国立がんセンター(現国立がん研究センター)研究所を経て東京大学医学博士取得。その後ボストン・タフツ大学医学部インストラクター、東京大学助教授。退官後東京大学客員研究員、医療法人さわらび会福祉村病院長寿医学研究所長を経て、現在は医療法人さわらび会理事、福祉村病院顧問、福祉村老人保健施設ジュゲム施設長を務める。専門は免疫学、生化学、リウマチ学(指導医)、高齢者総合診療。趣味は俳句で、著書に俳句随想『川の流れのように』(創英社)がある。

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