COLUMN

ゆる認知症カフェ

町田市×スターバックス
人と人をつなぐ「場」のチカラ
認知症の人やその家族が、地域の人たちや専門家と交流したり、情報交換ができる場として「認知症カフェ(オレンジカフェ)」が増えている。厚生労働省が2013年度に財政支援を実施したことで始まり、2015年に発表された「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」では、2018年度を目途に認知症カフェを全市町村に配置することを目標に掲げた。そうした中、東京・町田市は、2016年から「Dカフェ」という名の認知症カフェを市内で定期開催する取り組みをスタートさせた。この取り組みに応じた施設のひとつが、スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社(以下、「スターバックス」)の町田金森店。そこには、認知症の人が自然と地域にとけこむための、理想的な“場”のかたちがあった。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Yuko Kikkawa

認知症のひとが、自然ととけこめる街に

 Dカフェの開始時間が近づいていきた。スターバックス コーヒー町田金森店・ストアマネージャーの林健二さんが、店内に「Dカフェ」(注:Dは認知症=Dementiaの頭文字)について簡単な説明が書かれた立て看板を置く。Dカフェのためにリザーブしてある席に仕切りはない。近くの席では、サラリーマンや主婦がいつも通りくつろいでいる。
 ほどなくして参加者がぽつぽつと集まってきた。思い思いに注文したドリンクを片手に席につく。認知症の当事者という人もいれば、家族が認知症という人、ケアマネージャーやヘルパーといった介護職に就いている人と顔ぶれはさまざま。初参加の人がいるとは思えないくらい、にぎやかだ。
 「この間、おつりを間違えたよ」「よくあることです」といった認知症に関するエピソードから、「再婚するならかわいい人がいい」なんて話まで飛び交っている。

 町田金森店と協力し、Dカフェを運営しているのは松本礼子さんだ。松本さんは、全国に24の事務局を構えるNPO法人認知症フレンドシップクラブの町田事務所に所属している。
 この日、松本さんとともにDカフェに参加していた鈴木克彦さんは、一見そうは見えないが現在は認知症当事者。松本さんは、この鈴木さんらと共に、高齢者のサポートなど地域活動を長年にわたっておこなってきた。だからこそ松本さんは、身近にいる鈴木さんが認知症と診断された4年前から、とりわけ認知症について考える機会が増えていったという。

 「認知症の人たちが、自ら話し、考え、暮らしていける地域にしたい」。そこで松本さんたちは、認知症当事者が自分たちのことを語るという『認知症の人による、認知症の人のための認知症講座』を開催するなどして、理解を深めるための場を設けてきた。
 そんな松本さんたちの活動を知った町田市から「意見を聞かせてほしい」と連絡が入った。何度も意見交換を重ねる中で、Dカフェの運営に松本さんも携わることになったという。

難しく考えない。まずはやってみる

 ストアマネージャーの林さんは、店舗の近くにある特別養護老人ホームの関係者からDカフェのことを聞き、「Dカフェはスターバックスの理念に合う」と感じたという。
 スターバックスでは、各店舗が近隣のコミュニティを知り、地域とのつながりを築くために自主的に活動する「コミュニティコネクション」に取り組んでいる。コミュニティの幸せと繁栄なしに、スターバックスの成功はないと考えてるからだ。

 ″人々の心を豊かで活力あるものにするために―
 ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから″
 このミッションに従い、スターバックスは地域の人と人をつなぐティスティングパーティーやお子様連れのお客様向けのキッズパーティーなど、全国の店舗で年間8000件を超える活動を行っている。それらは全てパートナー(従業員)たちによるもの。その地域に対してなにができるか自主的に考え、アクションを起こしているという。

 「Dカフェ開催中に認知症の方と接していて困ったとか、つらかったとか、そういうのを感じたことはありませんね。地域の方々のために何かできないかと考えて、ニーズがあるならばやってみるだけ。それだけです」(林さん)
 そう話す林さんの胸元には、「認知症サポーター」資格取得者であることを示すオレンジリングが下がっている。認知症という病気を重くとらえず、他のお客様と同じように楽しくおつきあいしていきたい。そのためには最低限の知識が必要だと考え、林さんと5名のスタッフが認知症サポーターの養成講座を受講した。

 ゆるく、ふわりと始めた試みは、現在では町田市内にある8店舗で開催されるまでに広がっている。他店舗で始めたとき、「どのように接してあげればよいでしょうか……?」と接客に不安をもったパートナーに、林さんはこう応じた。「難しく考えない。コーヒーをお出しして、一緒におしゃべりを楽しむだけ」。
 「参加者の方々の楽しそうなお顔を見て、私も楽しいから続けているんです」と林さんは言う。

「認知症なんて気にしない!」

 店内に居合わせているだけで、参加者のリラックスした様子が伝わってくる。このように和やかな雰囲気を生み出し、会を継続させるにはどうしたらいいのかと、前出の松本さんたちのもとに、介護業界の人から相談が寄せられることもあるそうだ。
 松本さんは、「カフェという“誰にでも開かれた場”の力が大きいとは思うけれど、どうしてと聞かれると、答えに悩んじゃうのよ。鈴木さんの笑顔がいいからなんて答えたりして」と笑う。

 「俺なんか認知症だってこと、たまに忘れているからね」
 そう言いながら人懐っこい笑顔を見せる前出の鈴木さん。元デザイナーだという鈴木さんは、スタンドカラーのシャツが似合う、おしゃれな紳士だ。
 「今日はDカフェだと思うとワクワクします。初対面の人でも、うぉ~とハイタッチして、すぐに話せる。それが楽しいんです。『認知症なんて気にしない!』と思って笑顔で過ごしているほうがハッピーじゃないですか」(鈴木さん)

偶然の場で生まれるつながり

 取材中に、前出の松本さんのいう“場の力”を実感することが起きた。
 偶然来店していた男性がDカフェに興味を示したのだ。男性は参加者の輪の横で、その様子を静かに見守っていたが、その中の女性とふとしたきっかけで会話が始まった。
 やがて帰り支度を始めた男性に声を掛けてみると、彼自身のご家族に認知症の兆候が出始め、どう接したらいいのかと悩んでいたという。「いくら本人が身体の変化を自覚していても、すぐに病院に行くのはハードルが高い。でも病院に行く前に、こうした場所で情報を得たり、悩みを相談できるのは、すごくいいと思った」と話してくれた。

 カフェは“偶然”を生み出す。
 こうした偶然は、Dカフェの中でいくつも起きている。
 たまたまその場に居合わせた若いママたちが、親のことだけでなく、いつか自分も認知症になるかもしれないと考え、自主的な活動を始めたりもしている。「さざ波のようにじわじわと、何かが起き始めている」と、前出の松本さんは感じている。
 参加者は、当事者としての悩みやサポートする側の苦労を、明るくオープンに語り合っている。コーヒーを飲んでいるときに、隣から「俺って認知症だからさ」なんて陽気な声が聞こえてくれば、ちょっと気になってしまうだろう。そうした偶然は、名前も知らない誰かと誰かが出会えるカフェという空間だからこそ生まれる。

 認知症についてよく知らない人はまだまだ多い。けれど“認知症について知ってもらう” というハードルは意外と高くないのかもしれない。Dカフェに集う人たちの語らいをBGMにおいしいコーヒーを飲み、時間を共有するだけでいい。この町田金森店のようなゆるやかな“場”づくりが、ハードルをぐっと下げてくれるのではないだろうか。

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