COLUMN

養老都市をつくる

北京養老施設事情③
中国版CCRC
急速に高齢化が進む中国で、今、「養老介護施設」は大きくイメージを変えようとしている。かつてそこは「身寄りのない可哀そうなお年寄りがいくところ」という認識でとらえられるものだった。また中国では儒教的な「孝」の思想に基づき「親の面倒は子供が見るもの」であり、親を施設にいれることを恥とする考え方も根強かった。
だが今その伝統は大きな変革期にある。高齢化に加え、核家族化が進み、家族だけでは高齢者ケアの課題を解決することはもはや難しい。近年には新しい担い手が登場し、その一つは北京など都市部に発展しつつある都市開発一体型の養老介護施設だ。その代表として、中国の大手ディベロッパー「遠洋地産」が北京の「遠洋・椿萱茂」を訪ねた。
photos : Hitoshi Iwakiri
text : Junko Haraguchi & Keisuke Ueda

大手ディベロッパーによる
養老都市が出現

 北京の街を車で走ると「遠洋」という文字がつく高層ビル群が目に入ることがある。「遠洋地産」は大規模高級マンション群などを手がける大手ディベロッパー。中国の巨大国営企業「遠洋集団」の一員である。豊富な資金力を持ち、大規模開発を手がけてきた同社は2009年より養老介護施設業務への取り組みを開始。「遠洋養老運営管理有限公司」を設立し、米企業と提携、2013年8月には「遠洋・椿宣茂」のブランド名を冠した第一号養老介護施設を開始している。
 第一号の地として選ばれたのは、北京の南部、経済開発区である「亦庄」と呼ばれるエリア。総開発面積は、23万㎡と広大だ。1800世帯が暮らす高級住宅、病院、スーパーを備え、その一角に施設を開設した。1棟の施設だけでなく、養老都市開発、といったほうが良い広大な開発規模だ。
 第一号の施設は、89室に116床、現在約100人の入所者。34人の介護スタッフがおり、全員、「大専」と呼ばれる短大卒以上の学歴だ。医療機構としての認可も得ており、施設内に医師1名、看護師3名、リハビリの専門家1名が常駐、24時間体制の緊急対応センターも備えている。

自ら移り住むことを選択する
北京版CCRCが始まっている

 「遠洋・椿宣茂」の入居費は月額1万元(約180000円)から。2015年北京市が行った老齢人口の調査で、調査対象者のうち31.6%が養老介護施設への入居に肯定的であり、その負担できる費用は、毎月2000元~2999元(約36000円~53982円)というデータがある。このデータと比較すると、ここがかなりのハイエンド層シニアを対象とすることが分かるが、リタイア後、健康でアクティブに生きて行くための環境に移り住むことを自ら選択できる豊かな高齢者がすでに現れているということの証左でもある。
 その一人、ちょうど見学時にパブリックスペースを通りかかった孫さん(86歳)にお話しを伺う。彼女は「遠洋・椿宣茂」の最初の入所者だ。「2013年、テレビのニュースでこの施設の開設を知って、私はすぐ電話で問い合わせました。そしてその週のうち入居して自宅にはそれから1回も戻っていないわ。自宅にいる時はお手伝いさんと二人で暮らしていたけど、会話は少ないし、食事も少人数だと本当に作りにくい。ここなら毎日、若いスタッフと会話があるし、もう私の家のようなものですよ」という。第一号の入所者として施設の運営方法などにもいろいろとアドバイスし、お客様というよりは施設の一員のような気持ちという。
 孫さんはもと国家公務員。手厚い年金を受給できるエリート層であるが、こうしたエリート層の家庭では、子女が海外で暮らしていることも少なくない。孫さんもそんな一人だが、「家族と暮らす」という中国の伝統的な老後の幸福観から解脱して、自分なりの幸福の方式を自ら選び取った。その笑顔は力強く、かつ幸せそうだ。それはまさに、北京に出現したCCRC(Continuing Care Retirement Community)型の都市開発だ。

中国初の認知症ケア施設も開設
最先端のプログラムを導入

 2013年以来、同ブランド名を冠した施設は増え続け、テーマも細分化されている。2014年には、中国初の認知症ケアを専門とする施設を北京南部の「双橋」と呼ばれるエリアに立ち上げた。4階建ての建物に260床、現在その60%ほどが埋まっているという。居室のタイプは31㎡と、49㎡の2タイプがあり、前者は1ベット月額7400元(約133200円)、後者は1ベット月額9000元(約162000円)から。そのほかに状況に応じて別に1500~9000元前後の介護費がかかる。
 米国の認知症ケアの大手Meridian社と提携、また米国の認知症ケアの専門家で、バリデーション療法(経験や感情を認め、共感し、力づける)の開発者としても知られるナオミ・フェイル氏を招聘して北京の人民大学で講演を開催、またその療法を取り入れたプログラムも導入するなど、中国での認知症ケアのけん引役も務めている。
 「遠洋・椿宣茂」ブランドは、2013年の第一号から現在では北京以外に上海、成都、大連、広州などに次々と施設を開設し、業務は順調そのものに見える。
しかしその一方でクローズアップされているのが「人材不足と育成」という問題だと、自ら案内してくれたのは、「遠洋・椿宣茂」北京大区総監・文波氏(39歳)は指摘する。

いま一番の課題は介護人材の育成
そのリアルな解決方法とは?

 「現在中国では、1000万人の介護スタッフが必要とされていますが、現状では約30万人しかいません。970万人不足しています。この問題はますます大きくなっていくでしょう。例えば若者が大学を卒業して就職する前に2~3年、介護職に従事することを義務化するなど、検討できることはたくさんあります」。
 文波氏のアイデアは一見、極論のように聞こえるが、今後、世界規模で超高齢化が進むことが予見される現在、このような大胆な発想は排除すべきではない。例えば、日本なら、小中学校における義務教育の教科として「介護実習」をとりいれみてはどうだろうか。高齢社会の人材インフラの基盤整備という観点から、学習科目として地域の高齢者施設での体験機会を設けることは、高齢者介護に対する意識のノーマライゼーションにもつながっていくように思える。そこには、人間の営み全般に対するリアルな学びもある。
 小さな子どもの頃から、例えば、認知症介護の現場で、プロフェッショナルの技術に触れることで、介護や福祉に関わる仕事は、広く社会が必要とする人間の尊い役割であるということを浸透させていくのだ。そのメソッドや方法論は実情に合わせた選択肢があるだろうが、中国であれ、日本であれ、超高齢化社会の基盤をきちんとリフォームする時期にさしかかっていることだけは間違いない。

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