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身土不二

人間の心身は小さな宇宙

それは大宇宙に包まれている
 中国医学の診察では、医師が顔色や脈、舌の様子、口臭の有無などを見る。そしてどんな不調があるのかはもちろん、仕事や家庭の状況、ふだんの生活の様子などを細かく聞く。

 「望診」「舌診」「聞診」「脈診」の「四診」といわれ、患者から見えるもの、聞こえるもの、匂うもの、そして話す言葉からできるだけの情報を集め、診断していく。

 そこには患者を通して現代社会の動態が反映されている。その現場から今、専門家が贈るアドバイスとは?
photos : Hitoshi Iwakiri
text : Junko Haraguchi

健康な食とは? まず食べ過ぎないこと、太らないこと

 北京に住む私は実は徐先生、李先生の患者になることもある。調子が悪い時、両先生の診察室を訪ねる。診察においては体の不調を話すと同時にいつのまにか心の調子の話にもなっていく。その過程で先生方から返される言葉にはっとすることが多々あり、鮮やかな記憶に残っている。
 私がよく言いがちなのは、「こういう時は何を食べたらいいのですか?」というような質問だ。現代社会には「××は○○に効く」という類の情報があふれている。自分も影響されてっとり早く、すぐ効くものを、と質問してしまうのだが、先生方から、そもそもそういう考え方の欠陥を教えられる。
 徐文波先生には特に食に対する根本の考え方を教えられた。例えば「年をとっても健康を保つには何を食べたらいいのでしょう?」と私。
 それに対して徐先生の答えは「何を食べるかより年齢を重ねれば、消化能力、代謝能力が落ちるので、まずは食べ過ぎないこと。太らないこと。刺激の強いものは避ける。それが重要ですよ」。考えてみればもっともなのだが、私の頭からその根本はまったく抜けている。

大切なのは太陽と月のリズム、つまり早寝早起き

 続けて先生は「健康を保つのに、食事だけが重要なのではありません。せいぜい10%程度でしょう。それより人間の健康にもっとも影響するのは、太陽と月の巡りですよ。そのリズムに従い、朝は早く起きて夜は早く休む。旬の食材にはその時期の体によい性質があるので、季節をちゃんと意識して食事に取り入れる。日本語にはいただきます、という言葉があるでしょう?あれは季節のエネルギーをいただく、という意味もあるのでは、と私は思っています」
 ……早寝早起きに旬の食材。誰でも簡単に実践できそうな気がするが、私を含む現代人はなんとそれが出来ていないことか。それでいて、すぐ効きそうなサプリメントなど健康法の情報はあふれ、日々、ふりまわされている。徐先生の言葉を聞くと、のぼせあがった頭が静まり、健やかな人生のためにもっとも大事にすべき根本は何なのか、見えてくるような気がする。
 「年齢を重ねるのは誰でも避けられないけれど、どう重ねていくかは、自分で選べますよ」と徐先生。それは今日何時に起き、どんな気持ちで何をして過ごし、どんな食事をするかの積み重ね。選び方によっては素晴らしい実りをもたらす可能性があると信じれば、希望の積み重ねにも思えてくる。

心と身体が自由に動き出す「心動」のススメ

 李先生とは時おり運動の話をする。ここでも私は「肩こりにはどんな運動がいいでしょう?」といった質問をしがちだ。この時私の頭に浮かんでいるのはスポーツジムのマシンなのだが、李先生には「運動」はもっと広く深い概念だと教えられた。
 都会のスポーツジムのマシンでの運動と真逆の例として、李先生は、北京の公園で、朝、運動をするシニアたちの姿を挙げる。運動をするなら、その身体をいつ、どこに置くのかが、まず重要だという。多くの鳥や動物、植物は太陽が昇りだす朝、誰に教えられなくても動き出し花を開く。人間にも動くのにふさわしい時間があり、体質にもよるが多くの場合それは朝だという。
 場所も重要だ。「屋外に出れば、自然に植物の変化や運動している他の人間に目をとめる。コンクリートのオフィスでスマホやPCを凝視して一日を過ごしている人にとっては目の運動になるのはもちろん、眺めて感動することが重要です。運動とはただ筋肉を動かすことでなく、心が動くことが大事。心が動きだせば、血流など体にも良い影響をもたらします」
 「運動には心動が重要」。李先生のこの言葉には、目からうろこが落ちた。運動について語る時、私の関心は100%筋肉にむかい、心のことはすっかり忘れている。
 さらに李先生によれば、「運動とはそもそも心動である」といえるという。例えば日本語には、「嬉しくて飛び上がる」「叱られて身を縮める」など、心と体の動きが一体であることを表す言葉がたくさんある。このような言葉のように、「ふだん、社会的身分にしばられて限られた動作しかできなくなっている人間が心の思いに従って自由に体を動かすのが運動の本質」であるという。広大な場所に出れば自然に体を伸ばしたくなり、声をあげて叫んでみたくなる。そんなふうに、心と体の一体感をとりもどすことが重要だと。

「身土不二」身体と天地のつながりを意識すること

 そう思って北京の公園のシニアたちを見ると、それぞれが好き勝手にのびのびと子供が遊んでいるように動いている人が多い。たしかに子供時代はマシンなどなくても自由に動きまわり「運動」していた。私たちが現代社会のなかで失ってしまったその感覚を北京のシニアたちはうまく取り戻しているようにも見える。
 マシンを使った激しい運動はできなくなっても、この「運動」=「心動」ならば、私たちは生涯にわたって続けられるのかもしれない。
 両先生と話して気づくのは、私たちがいかに心身を「パーツ」でとらえていることか、ということだ。心身は、それだけで在るのでなく、大宇宙に包まれ、その巡りの影響を受けている。多くの自然な生は満ち潮に、多くの自然な死は引き潮に訪れるという。人は誰もが大宇宙の影響を受けながら存在している。
 けれど、現代社会にいれば、夜は明るく、夏は涼しく、冬は暖かく調整され、私たちはそれをすっかり忘れてしまう。両先生の診察室には基本を見失った患者が増えるばかり。お二人はそんな現代社会の問題に心を痛め、心身を健やかに過ごすための講座など、日常的に実践できる中国医学の普及活動にも努める。
 あふれる健康情報にふりまわされるのではなく、まず根本に戻ってみる。
自分を包む大宇宙の巡りを敬う。そうすることで社会にポン、と放り出され孤独に病んでいるような私たちの心身が、温かくつながり息を吹き返すように思えてくる。

徐文波 先生

Xu Wenbo シュ・ウエンボ

代々、医師の北京の家庭に生まれ、北京中医薬大学卒業後、医師に。人柄から伝統の厚みとの現代中国のモダンさがともに感じられる素敵な中国マダム。北京の中国医学クリニック「北京御源堂」「東源国際」の医師、経営者であり、2016年には東京にもクリニックを開設。日本に8年の留学経験があり日本語も堪能。日中文化への比較の視線を持ちつつ、現代社会への中国医学の応用を目指す。「いただきます、という日本語が大好き。食の原点が感じられる」

李洲 先生

Li zhou リ・ジヨウ

天津中医薬大学を卒業、現在は北京と天津のクリニックで診察を行う。真摯に医学にとりくみつつも。料理、中国茶、生け花、古代中国語研究など趣味も幅広い趣味人で、中国文人の伝統を感じさせる。健康知識の普及のため講座なども開催。「現代人は、出退勤のルールなど現代社会の人工的リズムばかり重視しているが、心身のために忘れてはいけないのは大自然のリズム。朝昼夜、春夏秋冬、生れて年齢を重ねること、すべてがこのリズムの影響下にある」

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