MIRAI
山本左近の未来考察『医療福祉×テクノロジー』
第8回

新しい
ゼロを集める、
人生100年時代の生き方考察

人生のオドメーターとトリップメーター

 一般的に、車には距離に関する2つのメーターが付いています。
 ひとつは「オドメーター」です。その車が製造されてから、それまでに走った総走行距離を示すもので、メーターを新品に交換しない限り、ゼロにリセットされることはありません。
 そしてもうひとつは「トリップメーター」です。こちらはいつでもリセットでき、たとえばドライブに出発するとき、ゼロに合わせれば、その日の走行距離を計測することができます。

 僕は、人生にもこれら2つのメーターがあると感じています。つまり、自分が生まれてからそれまで辿ってきた足取りを確実に記録しているオドメーターと、ある区間で定期的にリセットされるトリップメーターです。

 たとえば、毎日の仕事の中で、いいアイデアが閃かないときや、頭がパンクしそうなときには、あえてその場から離れるようにしています。
 そして外に出かけ、自然がきれいなところをぶらぶらと散歩したり、友人に会ったりして、頭の中を一旦リセットしています。
 それからもう一度、課題に取り組むと、頭がリフレッシュして新しい考えが浮かんでくることが多いです。

 古代ギリシャの哲学者・アリストテレスもそうだったようですが、古来、多くの哲学者たちは歩きながらいろいろなことを考えたそうです。同じように、物理学者や作曲家なども、普段からよく歩く人が多かったと言われています。

 日本でも銀閣寺を通る疏水沿いに、2キロほどの「哲学の道」と呼ばれる道があります。調べてみると、明治時代に哲学者・西田幾多郎が物思いに耽りながら、この道を散策したことに由来するそうです。

 僕も16歳のとき、静まり返った夜にこの道を歩き、「昔の人は一体何を考えながらここを歩いたのだろう」と思いながら哲学者の真似事をしてみたものです。

 たしかに歩くことによって血行が良くなり、脳の働きも活発になります。大地を踏みしめる足の裏からの刺激が脳に伝わり、アイデアが浮かぶこともあります。木や花、緑や空を見ることで視覚刺激が脳に影響し、精神がリラックスするという作用もあるでしょう。

オドメーターは1つ、
トリップメーターは無数

 物事がうまくいかなくてモヤモヤしているときは、そこに無理にしがみつかず、心理的に、物理的に距離を置いてみる。そうすることで、オーバーヒートしていた頭の中のコンピュータは冷却され、クールダウンします。

 つまり、これがトリップメーターをゼロに戻す作業になります。トリップメーターをゼロに戻せば、「どうしてこんなことに引っかかっていたんだろう」「大きな問題だと思っていたけれど取るに足りないことだった」と気づくかもしれません。
 一方、悩みを抱え、それを乗り越え、新しい事実に自力で気づいたという経験は、オドメーターにしっかりと記録されます。
 こんなふうに2つのメーターをうまく活用しながら、人間は成長を続けるのだと思います。

 人生100年時代と言われる今、蓄積されるオドメーターの距離はどんどん延びていく一方で、パラレルキャリアやセカンド、サードキャリアが当たり前になっていきます。

 オドメーターはひとつだけですが、トリップメーターはいくつあっても困ることはありません。新しい趣味を始めてみる、やりたかったことをやってみる。今までの自分に新しいトリップメーターを加えていく。

 この場合は、「ゼロに戻す」というより、「新しいゼロ」を加えることかもしれませんが、いくつになってもそれを躊躇わないことが大切に思います。

 僕自身も振り返ってみると、F1ドライバーというキャリアに、医療福祉というキャリアが文字通り、ゼロから加わりました。また、マラソン経験のなかった僕が、昨年サハラ砂漠マラソン240kmに挑戦し、完走したことも、新しいトリップメーターを加えたことになると思います。

 人生100年時代を思えば、トリップメーターはいくつあっても困ることはありません。そして、いつだって新しいゼロから始められると考えられれば、リセットしたり、新しくゼロを足したりすることも恐れることはないのです。
山本左近、35歳、
初のサハラマラソン240km 挑戦。

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