COLUMN

「食の偏り」を
なくすことが
健康長寿への
第一歩

《長寿の授業2》小橋 修先生
(福祉村病院院長/
医療法人さわらび会)
今回の「長寿の授業」のテーマは「食事と長寿」。認知症治療とリハビリに特化した福祉村病院の小橋修院長からお話を伺いました。共働きや一人暮らしの人が多い今、「バランスのとれた食事」が体によいとわかっていても、手の込んだ料理を作る時間を捻出するのは簡単ではありません。トクホ(特定保健用食品)やサプリメント(栄養機能食品)が手軽に入手できる時代なので、日常的に摂取している人も少なくないでしょう。ですが、こんな時代にこそ「偏った食」を見直すことが大事なのではないでしょうか。人生100年時代の後半を寝たきりで過ごすことのないよう、どう見直せばよいか。そのヒントは、45年以上も昔の文献にありました。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Michihiko Kato

「食の偏り」は心身の老いを加速させる

 まず最初に、男性と女性の、基本的な体のメカニズムからお話しします。
「テストステロン」と「エストロゲン」はご存じでしょうか。
 テストステロンは「男性ホルモン」とも呼ばれるホルモンで、テストステロン値は20代をピークに増加し続け、そののちは加齢により減少します。減少すると性機能、身体機能、精神に悪影響を及ぼすものです。
 エストロゲンは卵巣から排出されるもので、女性らしさをつくるのに欠かせない女性ホルモンのひとつです。テストステロンと同様に、減少すると身体機能、自律神経に悪影響を及ぼします。

 体脂肪率とホルモン値の関わりは大きく、男性はテストステロン値が減少し始める20代から、徐々に内臓脂肪がたまっていきます。女性は、更年期まではエストロゲンの働きによって皮下脂肪がたまりやすく、全体的に丸みを帯びた体型になりますが、エストロゲンが減少すると内臓脂肪がたまりやすくなります。

 近年はホルモン量によって健康寿命がかなり変わるともいわれています。ですので、ホルモン量を意図的にコントロールできる方法があれば一番よいのですが、これが難しいんですね。足りな過ぎると悪影響がありますが、多ければいいというものでもないので、自然に、ちょうどよいバランスに整う体の状態を保たないといけません。ですから食事と運動により、しっかりとした体づくりをすることが大切になるわけです。

 今回のテーマである「食事」から見ると、以下のような食生活をされている方は見直しが必要かもしれません。

1.肉類、乳製品中心の食事
日本人の食事は和食から西洋食にどんどん近づいています。肉を食べるのは悪くありませんが、魚、緑黄色野菜や海藻、豆類もきちんととるのが理想です。ただし、塩分多めの漬物や白米の食べ過ぎなどには注意しましょう。詳しくは次の項目でお伝えします。

2.同じメニューが多い
同じものを繰り返し食べていると低栄養に陥りやすくなります。高齢になると食事を作るのがおっくうになり、スーパーのお惣菜やパン、カップラーメンなどで済ます人も多いのが実情です。孤食(一人で食事をとっている)をしている高齢者ほどその傾向にあります。

3.食事の回数が少ない/一度に大量に食べる
朝食を抜いている人、昼や夜、または夜食をたっぷりと食べる習慣がある人は脂肪がたまりやすくなります。内臓脂肪を蓄積すると、いわゆる「メタボ」(メタボリックシンドローム/内臓脂肪症候群)になりますから、それが寿命を縮める要因のひとつになります。


 長寿・短命には遺伝的要因も関与します。長寿を目指すなら、糖尿病や高血圧の遺伝リスク、感染症の遺伝リスクやうつ病の遺伝リスクなどの遺伝的要因とあわせて、食事を含めた生活習慣の改善を意識されることをおすすめします。

健康長寿をつくる基本はやはり「バランス」

 ここで一冊の本をご紹介したいと思います。
 東北大学名誉教授だった医師・近藤正二先生(享年83)がお書きになった『日本の長寿村・短命村』という書籍で、長寿者あるいは短命者が多い町や村を990ヶ所もまわって食生活を調査した結果をまとめたものです。

 初版は1972年と古く、1935年から1971年までの36年間かけて実地調査されたものですが、今読み返しても「体によい」といわれている食材の多くが、すでに本書に掲載されていることに驚きます。当時は食生活の欧米化が進んでいなかったため、牛肉、豚肉、鶏肉に関する記述はほとんどありませんが、少なくとも肉や白米ばかり食べている人は短命の傾向にあることが記されています。

 本書によると、長寿村の食生活には以下のような共通点があるそうです。

・脂身の少ない魚や小魚を食べている。
・大豆や豆をたくさん食べている。
・カボチャやニンジンなどの緑黄色野菜を食べている。
・雑穀をよく食べている。
・海藻を毎日のように食べている。

 当たり前のことをと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、最近のテレビなどでは、「××の人は○○を食べないといけない」という切り口で特定の食材をすすめることが多いですよね。パンにベーコンなどの加工肉、そしてコーヒーやジュースという欧米型の食生活を送っている人も多いと思います。

「成人病」という名称を「生活習慣病」に改めることを提唱したのは、聖路加国際病院の名誉院長であった日野原重明先生(享年105)でしたが、日野原先生は朝食にジュースにオリーブオイルを入れたものを飲んでいたそうです。牛乳や生野菜のほか、脂肪が少ない牛ヒレ肉や魚など、たんぱく質もたっぷり摂っていたことでも知られています。
 厚生労働省が推進している「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」でも、「いろいろな食材をバランスよく食べる」ことを指針としていますので、その点を改めて意識していただけたらと思います。
小橋院長おすすめの書籍。
左より『日本の長寿村・短命村』
(近藤正二・著)、
『百歳の科学』(鈴木信・著)、
『養生訓』(貝原益軒・著)
『日本の長寿村・短命村』付録の
「長寿村・短命村全国地図」
(地図の情報は1972年発行当時のものです)

サプリメントや薬に頼らない暮らしを目指す

 私は認知症治療とリハビリに特化した福祉村病院に勤めておりますので、主に診るのは高齢者の方々です。高齢になると自力で排便できない人が多く、便秘解消のためにどの病院や施設でも下剤を使うことがあります。ですが、下剤を使わずに自然排便できるにこしたことはありません。

 また、ビタミン投与により治る認知症があるのはご存知でしょうか。そもそも「認知症は治らない」と思われている方はまだ多いと思います。確かにアルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など、根治できる治療法がまだ発見されていないタイプの認知症はありますが、適切な治療によって治せる認知症もあるのです。

 治せる認知症のひとつにアルコール性認知症があります。肝臓でアルコールを代謝するにはビタミンB1が必要なのですが、重度のアルコール依存症の人は食事をとらずにお酒を飲む傾向があります。B1が欠乏すると認知機能が低下するんですね。ただこの場合においては、B1を補充することですぐ改善されます。ですので、外来にいらした患者さんの血中のB1濃度は必ずチェックします。
 また、甲状腺ホルモンの減少により認知機能が低下することもあります。甲状腺機能低下症と診断された場合は、適量の甲状腺ホルモン投与によって症状が改善します。

 胃ろうや歯周病と認知症の関わりも指摘されています。歯でものを噛むことは脳の活性化につながるので、咀嚼しなくなると認知機能が低下してしまうのです。いくつになっても噛む力を失わず、丈夫な骨を保つために、カルシウムも欠乏しないように気をつけたいものです。

 今は、たくさんの種類のサプリメントが出回っていますね。ですが私はみなさんに、高齢になっても、できるだけサプリメントや薬に頼らない生活を送っていただきたいと思っています。適量を摂取するぶんには問題ありませんが、ビタミンCの摂りすぎにより急性劇症肝炎で亡くなられた例もあります。なんでも摂りすぎはよくないのです。

 前述したことに加え、以下のことを心がけていただけたらと思います。高齢になるほど、たんぱく質の摂取量が減り、炭水化物の摂取量が増えがちです。また高齢の方は、魚は消化管からの吸収が悪くなるので、肉類から摂ることをおすすめします。

・根菜などの食物から食物繊維をとる。
・小魚や硬水などでミネラルを補充する。
・よく噛み、腹八分目を心がける。
・肉類のたんぱく質を多く摂るように心がける。
・1日1個、卵を食べる習慣をつける。

 寝たきりの生活を避けるには、健康寿命を延ばすしかありません。誰もがそれをわかっています。当事者になる前に、ぜひ早いうちから食生活の改善を実践しましょう。

小橋 修

OSAMU KOHASHI

医療法人さわらび会・福祉村病院院長。1939年10月23日生まれ。福岡県北九州市出身。専門分野は生体防御と免疫系一般、微生物学・ウィルス学一般。佐賀大学名誉教授も務める。21時就寝、3時起床の規則正しい生活を送る。

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