COLUMN

健康長寿は
転ばぬ先の
運動から

《長寿の授業1》谷さゆり先生
(医師/医療法人さわらび会)
私たちの老いは、生まれた瞬間(とき)から始まっています。若年のうちはそれを「成長」と呼び、ある年齢から「老い」というようになるのです。しかし人生100年時代の今、「老い」という言葉も言い換えてもいいのかもしれません。加齢を嘆くことなく、抗いもせず、ただ幸せに歩みたいもの。この「長寿の授業」では、未曾有の超高齢社会に突入した日本で、幸せを感じられる心身であり続けるためにはどうすべきか、認知症治療・研究に特化する医療法人さわらび会のドクターから教えていただきます。今回は、日本スポーツ協会公認スポーツドクターの資格をもつ医師・谷さゆり先生から「運動と長寿」をテーマにお話しいただきました。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Kanako Ozasa, Lisa Kitagawa

筋肉量や筋力の保持が体の老いを防ぐ

 まずはじめにちょっとだけお断りしておくと、ひとくちに「運動で健康な体づくりを」といっても、年代、その人の体つきなどによって適切な運動の内容は変わってきます。

 たとえば若い人の中でも、スマートになりたくて食事量を極端に減らすなど短期間に体重を減らした人は、骨全体に含まれるカルシウムなどのミネラルの量(骨量/骨塩量)が低下しがちです。骨は体を支えたり、速やかに動けるようにしたり、体の器官を保護したりと、いくつもの大事な役割を担っています。骨量が低下している人はくしゃみをしただけでもあばら骨が折れることもあるのです。ましてや激しい運動をすると、どこの骨が折れるかわかりません。
 極端なたとえかもしれませんが、それぞれの年齢に合った適切な栄養摂取とちょうどよい運動が必要だと思います。

 今回のテーマは「運動と長寿」ですが、たとえば40代から50代の女性は体の不調が起こりやすく、加えて閉経を迎える頃なので気分がふさぎ込みやすくもなります。心身ともに「無理はしない」ことが一番大事です。まずこのことを胸に留めておいてくださいね。


 では、ここでガラッと話を変えてひとつ質問です、「高齢者の体つきや動きの特徴ってなんでしょう?」。ちょっとイメージしてみてください。

 いかがでしょうか? このようにイメージした人が多いのではないでしょうか。

・腕や脚、手がやせている。
・歩く姿がよたよたとしている。
・背中が曲がり、頭が下に向いている。
・ゆっくりと動く。買い物用のカートを押している。



 上に挙げたイメージ、これらは日本の昔話に出てくるお爺さんやお婆さんの姿そのものです。

 十分な栄養をとれるほど現代の食生活は大きく変わり、紫外線対策など皮膚の老化を防ぐ方法も広まりました。しかし、現代の社会で生きる私たちは力仕事をしなくても生活できます。戦後の1950年代中頃までは、家電製品がまだ一般家庭にはそれほど普及していなかったので、日常生活で適度な運動をしていました。洗濯するのにも大きなタライと洗濯板を使っていた時代です。
 現代でも、冒頭でふれたように無理なダイエットなどの理由から骨量が足りていない人もいます。意識して運動をしないと、高齢者になったときには、やはり「昔話のお爺さんやお婆さん」の状態になってしまいます。

 このような状態にある人は、医師により「フレイル(Frailty)」や「サルコペニア(Sarcopenia)」または「ロコモティブシンドローム(Locomotive Syndrome)」と診断されることがあります(下図A、B参照)。どれも高齢者の身体能力低下と関係がありますが、その定義や診断基準はそれぞれ違います。

 なかでも「フレイル」の提唱を始めた日本老年医学会は、「フレイルは加齢にともない老い衰えていく状態」ではなく、「早期発見し、適切な介入をすることにより、生活機能の維持・向上を図ることが期待される状態」だとしています()。健康な状態と、日常生活でサポートが必要な介護状態の中間に位置するもので、健康な状態に戻ることも不可能ではないということです。
※ 『フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント』(日本老年医学会)より

 そこでフレイルに焦点を当ててみると、健康な状態の人が高齢になり、「要介護状態(寝たきりや認知症などにより常に介護が必要な状態)」に進行していく過程で、健康障害を起こしやすい脆弱な状態、すなわちフレイルを経ることが多いといいます。フレイルは、加齢にともなう変化や、慢性的な疾患によってゆるやかに進行するものですが、転倒や骨折などによって一気に要介護状態まで進むこともあります。

 急に思い立って、体の状態に見合わない激しい運動をするのはおすすめしませんが、運動を継続して行うことは、フレイルに近い「昔話のお爺さん・お婆さん」の状態になるのを防ぎ、いつまでも動かせる体を維持するひとつの方法といえます。

ごく簡単な運動がフレイル予防につながる

 ここでは、適切な介入によっては健康な状態に戻ることが可能とされる「フレイル」予防を軸にお話を進めていきます。フレイル予防には大きな柱として、

・持病のコントロール
・感染予防
・栄養管理
・運動

の4つの方法がありますが、先ほどお伝えしたサルコペニアやロコモティブシンドロームとも関係する「運動」についてお話したいと思います。

 運動には、有酸素運動と無酸素運動があるのをご存じの方は多いと思います。
 有酸素運動は、水泳やマラソンといった酸素を取り入れながら長時間行う、体脂肪や糖質の燃焼が期待できる運動のことですよね。無酸素運動は筋力レーニングをはじめとするもので、短時間に糖質(筋グリコーゲン)の解糖によって賄われる運動のため、酸素がなくてもできるものです。

 ですが、「フレイル予防」という目的でしたら、もっと楽な運動で構いません。運動する上で一番大切なのは……? そうです「急に無理をしない」ということでしたよね。

 運動不足になりがちな方に私がおすすめしたいのは、準備運動・整理運動でおなじみの「ストレッチ」です。ストレッチは筋肉を伸ばし、柔軟性を高めてケガをしにくい体へと導き、血流促進や呼吸を整えるための運動ですが、あなどらないでください。急に難度の高いポーズをとると筋を痛めることもあります。

 ですので、まずは生活の中でうまくストレッチを取り入れることから始めてみましょう。歯磨きをしながら、かかとの上げ下げをしたり、高いところにあるものを取ったり、お風呂の中で足首を回したりするのがおすすめです。それを毎日繰り返すだけでも、何年か後には大きな差が生まれます。
 人も動物であり、最も筋肉が多いのは下半身です。お尻から足にかけては大きな筋肉がたくさんあるので、それを動かすことで下半身のみならず体幹の筋力を保つ効果もあります。

 はじめにお伝えした「昔話のお爺さん・お婆さん」は、体のバランスが取れていない状態です。後頭部からかかとまでまっすぐ下に重心がおりているのが理想的ですが、前に重心がいってしまっていると、どうしてもよろめいてしまいます。そうならないようにするには、足から鍛えていくのが効率的です。

 さらに私から、もっと楽にできる、おすすめの運動をご紹介させてください。

 それは……「散歩」です!

 いかがでしょうか? 物足りないでしょうか?
 私が心から散歩をおすすめする理由は、心への作用も大きいことです。自然を眺めたり、これまで行ったことがない場所を散策したり、街の人とおしゃべりをする習慣をつけることは認知症やうつ病などを発症するリスクを抑えることにつながります。
 
 長く歩くためには姿勢を制御する必要がありますので、散歩をするだけでも正しい姿勢を保つ運動になります。少し息があがるくらい、心拍数が上がるくらい速めに20分以上歩くと有酸素運動にもなります。
 デスクワークが多い、車移動が多い、休日に運動をしないという方は特に、ぜひ「散歩」から始めてみてください。

運動の内容よりも習慣化させることが大事

 健康長寿をつくるのは、運動の難度ではなく運動習慣です。
 継続できるレベルの運動を長く続けていただくことが大事ですので、すでに運動習慣がある方は、ぜひそのまま続けてください。

 普段運動をされていない方は1日30回の「かかとの上げ下げ」だけでも、キツいとお感じになるかもしれません。
 そういう方は、ショッピングで歩いたり、ペットと散歩したり、ご自宅で積極的に掃除・洗濯をされるなどをして、できるだけ体を動かしてください。ラジオ体操などその場でできる運動もおすすめです。

 ストレッチや散歩は本当におすすめですが、最後に今まであまり運動をしてこなかった方でも無理なく続けられる筋力トレーニングをご紹介します。運動習慣をつくり、本当の意味で心身ともに健康長寿になっていただくためにも、三日坊主で終わらないようにしていただきたいと思っています。
 筋力トレーニングは、「今、どの筋肉を鍛えているのか」を意識しながら行うと効果が大きくなりますので、常に意識してくださいね。


ペットボトルダンベル
 上腕二頭筋(力こぶができる部分)や上半身、体幹を鍛える筋肉トレーニングです。水が入った状態の500mlのペットボトル2本を両手に持ち、肩に合わせます。そのまま腕をまっすぐ真上に向けて息を吸いながら約4秒かけて上げ、息を吐きながら同様に4秒くらいかけて下げます。これを繰り返します。膝や腰に痛みがある人は、椅子に座ったまま行うことも可能です。
 上げる・下げるの1往復で1回とし、まずは1セット5回を目安に。セット数は体調に合わせて調整してください。


前後開脚・縦スクワット
 両脚を前後に開き、両手は腰に。右ひざを前に出し、90度に曲がるくらいまでゆっくり腰を真下に落としていきます。このとき、後ろに引いた左足はつま先だけをつけた状態で、左ひざが床につかないようにします。そのあと、またゆっくり戻していきます。
 ポイントはおへその下に重心を置き、上半身が前に傾かないようにすることです。大臀筋(お尻の筋肉)や、大腿四頭筋(太もも前側の筋肉)、ハムストリング(太もも裏側の筋肉)を意識しましょう。
 下げる・上げるの1往復で1回とし、5回を目安に繰り返します。左右各5回で1セットとします。セット数は体調に合わせて調整してください。


フロントスクワット
 大腿四頭筋、大臀筋、ハムストリングのほか、腸腰筋(腹部から腰にかけての深部にある筋肉)を鍛える運動です。脚を肩幅よりもやや広めに開き、腕を胸の前でクロスします。そのまま真下に腰を落とします。このとき、かかとに重心をおき、前屈みにならないようにするのがポイントです。無理をせず、倒れない程度まで腰を落としたら、戻します。
 下げる・上げるの1往復で1回とし、まずは1セット5回を目安に。血流がよくなり、おなかの中がポカポカと温かくなるのが感じられると思います。セット数は体調に合わせて調整してください。


エアダンベル
 自分の腕の重みを利用した、自重トレーニングのひとつです。腕の曲げ伸ばしをして、主に上腕二頭筋、上腕三頭筋を鍛えます。肩幅に足を開いてまっすぐに立ち、手は「気をつけ」の時のように体の横につけます。そのまま腕を前方に向けます。手の甲を下に向け、握りこぶしをつくります。息を吐きながら約3秒かけて、ひじが90度になるまで曲げながら握りこぶしをゆっくりと肩に近づけます(下写真D)。そのあと、息を吸いながら約6秒かけて、ゆっくりと戻します(下写真E)。コツは、力こぶの辺りに力を入れ続けながら、ゆっくりと動かすことです。
 上げる・下げるの1往復で1回とし、5回を目安に繰り返します。左右各5回で1セットとします。体に負荷がちょっとかかるくらいがちょうどよいので、ご自身の体の調子に合わせてセット数は調整しましょう。


 運動を楽しく続ける方法として、好きなことと結びつけることもおすすめです。カラオケで大きな声を出すことも運動になります。歌詞を見るために顔を上げて画面を見たり、大きな声を出すとき、体は自然と姿勢を正します。サッカーや野球が好きな人は、手を振り上げて応援するだけでも運動になります。

 80歳を超えても、背筋がシャキッとしたお元気な方はたくさんいらっしゃいます。楽しく運動して、健康長寿へとつなげていきましょう。

谷さゆり

SAYURI TANI

愛知県豊橋市出身。医療法人さわらび会福祉村病院勤務。ほか嘱託医・産業医として社会福祉法人さわらび会運営の高齢者福祉施設の数ヶ所を受け持つ。認知症サポート医、日本医師会認定産業医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本ボディビル連盟公認審査員の資格を保有。2018スペシャルオリンピックス日本愛知大会や各種スポーツ大会救護医師として活動を行う。少女コミック誌『花とゆめ』は愛読書のひとつ。3人の子どもを育てる母の顔ももつ。

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