CROSS TALK
SAKON Dialogue : 017

「おせっかい」を提供する
コミュニティナース #2

矢田明子(Community Nurse Company株式会社・代表/看護師・保健師)
矢田明子
AKIKO YATA
Community Nurse Company代表/看護師・保健師
SAKON Dialogue : 017
「おせっかい」を提供する
コミュニティナース #2
前回(#1)に続き、矢田明子さんと山本左近とのCROSS TALKをお届けする。町の中で住民のそばに寄り添い、必要に応じて看護の専門性を発揮させるコミュニティナース。矢田さんが出雲で始めたこの「在り方」は共感を呼び、コミュニティナースプロジェクトの修了生は110名を超えた(2019年1月現在)。法律で定められた資格ではないため各々が独創性をもって全国各地で活動しているが、矢田さんは「グラデーションがあっていい」と言う。関わり方がさまざまであることが、むしろ強みでもあるというのだ。「気負わず、後に続く世代にパスを渡せればいいという気持ちで行動している」と言う矢田さん。その考え方には意外なバックグラウンドがあった——。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Keiko Sawada

ボランティアもインセンティブもあっていい

左近:コミュニティナースの誕生から現在まで、ストーリーが非常にわかりやすくていいですね(#1参照)。
興味深いのは、伺ったストーリーの中では、お金がほとんど関与していないというところかなと。そこがコミュニティナースの面白さだなと思う反面、矢田さんはちゃんとお金をもらっているのかなって心配になるのですが(笑)。

矢田:看護師や保健師の資格をもっていなかった“見習い中”は無給でしたね(笑)。私のサラリーの一部はNPOからも出ていますし、そこから生まれた訪問看護ステーションからの収入もあります。これは2015年にコミュニティナースの「在り方」に共感してくれた女の子たちとたち上げた事業所で、事業内容の8割が訪問看護、残りの2割をコミュニティナースとしての活動という事業モデルです。
これまで「コミュニティナースは世の中に必要」と言ってきましたが、そこに共感してもらえても続けていくのは難しい。でも、“働ける”とした途端、みんなが現実に仕事にしていけるようになる。だから、既存の仕組みを活用しつつも、それにとらわれることなくコミュニティナースの活動ができるモデルをつくったというわけです。

左近:なるほど。訪問看護とコミュニティナースの活動を組み合わせて一緒にやっているんですね。
介護保険に限らず、お金がもらえる制度と組み合わせることで、それ自体は報酬がなくてもコミュニティナースとしての活動ができる。訪問看護を行う過程で、1人のナースがA地点からB地点までみんなに声をかけながら歩いていけば、もうそれはコミュニティナースを実践していることになりますよね。

矢田:そうですね。

左近:今後さらにコミュニティナースを広げていくにあたって、ボランティアとしてやっていくのか、何かのインセンティブで直接ナースに報酬が入る仕組みをつくっていくのか.....、矢田さんの考えはいかがですか?

矢田:後者ですね。今、この事業所ではコミュニティナースの活動の部分でも収益化していくことに挑戦しています。
これまで行政が行ってきた福祉というのは、あるサービスに対してこれだけの報酬がつく、というわかりやすいインセンティブのモデルとして機能してきました。でも、今は福祉に多様な人が関わるようになってきています。民間企業でも福祉サービスに参入しているところや、企業価値の向上を図るためにヘルスケア産業に関わりをもつところなどもありますから、うまく組み合わせれば、インセンティブのあるモデルとしてコミュニティナースを定着させることができると考えています。
ただね、「グラデーションがあっていい」と思っているんです。ボランティアのようなかたちで関わるコミュニティナースも、その人の働き方や暮らし方に合っているのであればそれでいいし、インセンティブモデルでやる人も一定である必要はなくて。「コミュニティナースの業務は◯◯と◯◯」とはめ込まず、幅をもたせることで今の社会に合うようにカスタマイズしていけるんじゃないかと思っています。

左近:そうか。幅を広くもっておかないと、矢田さんが社会福祉協議会で経験したのと同じことが起きてしまいかねませんよね。さまざまな方向からアプローチすることができていた「おせっかい型」の福祉活動が、介護保険という制度がスタートしたことによって、必要か不必要かをお金で判断され、削ぎ落とされていったように……。グラデーションがないと、これはお金になるけど、こっちはお金にならないからやめようという判断基準で整理されかねない。

矢田:そうそう、まさにその通りです。インセンティブモデルとしても、訪問看護だけではなくて、行政の交付金を充てているモデル、移動販売車や食堂の販売員として売上インセンティブとしているモデル、クラウドファンディングで一般の人から寄付を集めて活動資金としているモデルなど、多様化してきているんですよ。

左近:以前に対談させていただいた佐々木裕子さん(リンク先参照)という方の新しい会社が同じく介護関係なのですが、矢田さんと共通するところがあって、話を聞いていてとても面白いなと思います。
佐々木さんの新しいビジネスモデルでも、各介護事業所を通じて関係を構築できた利用者の方の「QOL向上につながった」とみなされるような取り組みが、介護職の方々の報酬や評価につながるような仕組みの構築を始めています。利用者の方による「買い物」というのもその一環になるようです。

それから、お二人とも「これからの世の中は“おせっかいな人”がキーマンになる」ということを言っているんですよね。21世紀にはもっとおせっかいな人が増えなきゃ世の中が変わっていかないっていう。ただ、「嫌なおせっかい」と「ありがたいおせっかい」の線引きって難しい気がします。

矢田:おせっかいといってもね、究極のことをいうと「自分のため」にやっているという部分はあっていいと思うんです。ただ、そのなかでも個人的に大事にしているのは、「ベクトルが相手に向いている」ということ。「相手のためになること」というのが大前提で、自己満足のためだけのおせっかいなら相手は迷惑かもしれないですね。反対に、本当にその人のことを思ってやっていることだったら、おせっかいをやく側が未熟でも不器用でも、その気持ちは相手に伝わっていくと思うんです。

価値は2世代後に決めてもらえたら

左近:将来の話になりますが、矢田さんとしてはコミュニティナースを今後こういう風にしていきたいというのはありますか。

矢田:先ほどのコミュニティナースの収入源とかインセンティブをどうするかという話は、多くの方が知りたいことなのだなということが、だんだんわかってきたんですよね。それに応えるかたちで始めたのが、去年たち上げた「Community Nurse Company」という会社。これまで培った知見=“ナレッジ”を共有するためにつくったナレッジカンパニーです。これから担い手になっていくナースたちや、コミュニティナースに賛同してくださっている自治体・企業・民間団体などと情報を共有し、 協力してモデルづくりを行っていきたいと思っています。

左近:コミュニティナースは全国的に広がりつつありますよね。

矢田:はい……でもね、実はコミュニティナースを拡大していくということに、私は「こうでなければならない」という長期的なビジョンをもっていないんです。
それよりもたとえば——今日は左近さんという素晴らしい方に出会えましたよね。そういうことを大事に。出会いとかご縁を通じて共感したり信頼し合えたり、その延長で「じゃあ何か一緒にやってみよう」ってなったりする。その先にどんなビジョンが広がっているのかを見に行こうというスタイルです。

計画を立てて、その通りに物事を運ぶというよりも、「こうなったときはこう対応するのがいいよね」っていう、そのとき、そのときの最適解をみんなで積み上げていく。そういうやり方を私個人としてはとりたい気持ちがあって。まずは仲間同士のつながりを大事にしたいし、コミュニティナースがやっていく“効果的なおせっかい”に共感してくれる人たちとともに行動して、結果として社会の中に広がっていけばいいなと思っています。
すぐに成果が見えなくてもいい。私の2世代くらい後の人たちにとって役に立つ取り組みになっていればいいんです。私がやったことは2世代くらい後の人が評価してくれればいいと思っています。

左近:今できることを全力でこなし、目の前の課題に対する最適解を探し続けるという考え方が素晴らしいですね。
普通はつい目先の評価を求めてしまいがちですが、2世代後が決めるっていう言葉も、すごくいいメッセージですね。勉強になります。むしろ普通はなかなか描けないような未来のプランをもっていらっしゃると思います。

矢田:うちの実家の和菓子屋は、何代も続いていて。「自分たちがやっている事の価値は、今はわからない。最適だと思うものを誠心誠意もって積み上げれば、孫の代が意味づけをする」という世界観の家庭で育てられているから、それは自然にもっている感覚なんだと思います。だからすぐカタチになったり、大きな答えが出せなくてもいい、「パスを渡せればいいんだ」っていう気持ちで行動しているんです。

左近:とても長い歴史があるんですね、すごいな。うちは僕で2代目ですが、「みんなの力でみんなの幸せを守る」という父が掲げてきた理念を大切にしながら、目の前にいる患者さんや利用者さんの幸せを守ることが、よい未来をつくっていくことにつながるんだと思っています。
父がつくった福祉村という存在が今後も必要とされ続けるかどうかはわからない。けれど、そこで培われてきた知見、ナレッジは本当に貴重なものなので、それを今度どのように社会の中に生かしていけるのかが、引き継いだ僕の仕事だと思っています。未来を視野に入れつつ、“今”をしっかりと見据えてやっていきたいですね。

矢田:お父さんがやってこられたことが息子さんの中で生きていますね。今度ぜひ訪問させてください!

左近:またお話ししたいので、ぜひ豊橋にもお越しください! 本日はありがとうございました。
矢田明子
AKIKO YATA
Community Nurse Company代表/看護師・保健師
1980年生まれ。島根県出雲市出身。26歳のときに父の死を経験し、看護師を目指して27歳で大学へ入学。大学入学後、コミュニティナースとして自ら活動を開始。看護師免許を取得後、島根大学医学部看護学科に編入し保健師取得。2014年、人材育成を支援する『NPO法人おっちラボ』を立ち上げ、代表理事に就任。2016年5月より「コミュニティナースプロジェクト」でその育成やコミュニティナース経験のシェアをスタート。2017年4月に『Community Nurse Company株式会社』を設立。同年12月、『日経WOMAN』より「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2018」を受賞。『Community Nurse Company株式会社』代表取締役、『株式会社コミュニティケア』取締役、『NPO法人おっちラボ』副代表理事、雲南市立病院企画係保健師。2019年2月、初の著書となる『コミュニティナース ―まちを元気にする“おせっかい”焼きの看護師』が木楽舎より刊行 (amazon) 。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。

関連記事

よく読まれている記事

back to top