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「笑い」と「リハビリ」の技術で
介護の現場をより明るく、楽しく
誰にでも最期がやってくる。その時まで楽しく笑って暮らしたいが、病を患ったり、筋力が弱るなどして自立した生活が難しくなっていく。動かせば痛い、思うように動かない身体と向き合い続けるのは、誰にとってもつらい。そこに現れたのが介護エンターテイナー®こと石田竜生(いしだたつき)さんだ。作業療法士と芸人という2つの顔を持つ石田さんは、ともすれば暗くなりがちな介護業界に「笑い」を持ち込み、エンターテイメント性を盛り込んだ独自のリハビリ体操を考案。参加者が笑いっぱなしのセミナーを全国各地で開催し、高齢者に対してだけでなく、高齢者とのコミュニケーションに頭を悩ませるスタッフの笑顔づくりにも力を注いでいる。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Yuko Kikkawa

つかみ・ネタ・オチ。笑いが詰まったリハビリ体操

 石田さんが、白髪のカツラをかぶって「たつ婆」に変身する。
 それだけでその場に笑いが生まれる。
「たつ婆」は88歳という設定。大きな身振りで動く石田さんの姿は若い青年そのものなのに、カツラをかぶるだけでおばあちゃんに見えてくるから不思議だ。

 参加者に向けてよどみなく話し続けながら、自ら考案したエンターテイメント性あふれるリハビリ体操を行っていく。カツラはいわゆる「つかみ」だ。自分に注目してもらい、本題である体操にスムーズに入ってもらうための雰囲気づくりに一役買っている。
 たつ婆のトークには、高齢者を飽きさせず「笑い」をとるための技術がふんだんに詰め込まれている。下ネタという「ネタ」をやることもあるが決して下品ではなく、利用者は大爆笑。

 場を盛り上げたところでオチも欠かさない。「つかみ」「ネタ」「オチ」という笑いの公式が反映されたリハビリ体操は、お笑い芸人や舞台俳優として活動するプロの石田さんだからこそできたといえるだろう。

日本初、介護エンターテイナーの誕生

 石田さんが作業療法士という仕事に興味を持ったのは、看護師である兄弟の話を聞いてから。地元である富山の大学を卒業し、介護老人保健施設に就職。作業療法士として着実に経験を積み重ねていった石田さんだったが、就職から1年後に転機を迎えることになる。子どもの頃から憧れていたお笑い芸人になるという夢に挑戦してみようと、吉本興業の養成所に入学したのだ。
 そして卒業後は、大阪のデイケア施設で働きながら芸能活動に励むという生活をスタートさせた。石田さん24歳のときだ。

 芸人として舞台で笑いを取りながらも、作業療法士として働いているときの石田さんは、最初から実務に笑いを盛り込んでいたわけではない。他の施設にボランティアに出向いた際に、おもしろい動きで利用者を笑顔にしているスタッフの姿を見かけ、自分の経験がもっといかせるのではないかと考えるようになったという。

 工夫を重ねれば重ねるほど、利用者の笑顔が増えていく。芸人と作業療法士という二足のわらじを中途半端に履き続けている現状を打開したかった石田さんは、30歳のときに日本介護エンターテイメント協会を設立。石田流のリハビリ体操を広めるため、介護エンターテイナーとして活動し始めた。

いつかやって来る、“楽しい”のために

 ブログやSNSで活動に関する情報を配信したところ、「リハビリ体操のコツを教えてほしい」という依頼があり、講師として介護施設などに招かれることが増えていった。レクリエーションのマンネリ化や、利用者が運動を嫌がるといった現場からのリアルな相談に対し、石田さんはスタッフのモチベーションを高めるためのアドバイスも行っている。

「利用者さんの中には、楽しそうに体操をしていない方もいます。そういう方には、『いつか身体が動く楽しさを感じるためのもの』と時間軸をずらして考えると気持ちが軽くなりますよと伝えるんです。体操を繰り返すことで、3カ月後には身体が楽に動くようになるかもしれません。それなら、今は楽しくなくてもいいかと思ってもらえたら」(石田さん)

 そもそもレクリエーションは利用者を笑わせることではなく、身体を動かしてもらうことが目的だ。石田さんにとって、その目的に近づくための武器が「お笑い」だっただけで、人を笑わせることが苦手な作業療法士もいる。

「全員が笑いのあるリハビリ体操を行う必要はないんです。介護の仕事は相手のことを知ることも大事だけど、自分の個性を知ることも大事。自分の好きなことって何だろう、どうしてこの仕事に就いたのかと原点にかえることで新しい自分に出会えるし、自由な発想が生まれて仕事が楽しくなると思います」(石田さん)

人生の後半も「笑い」で彩りたい

 日本介護エンターテイメント協会を設立した翌年の2016年からは、Youtubeで「カイゴエンターテイメントチャンネル」を開設し、リハビリ体操などを動画配信している。積極的な情報配信にこだわるのは、「家から出る機会の少ない人のことが一番気になるから」。実際に90代の女性から、動画を見ながら自宅で運動をしていると報告を受けたそうだ。「活動してきてよかった」と思った瞬間だった。

 また石田さんは、同志である簗瀬寛(やなせひろし/下写真左)さんと出会い、合同イベントを開催するなど、新しい試みにもチャレンジしている。簗瀬さんは、デイケア施設を運営するかたわら、高齢者の笑顔をつくりたいと「ごぼう先生」というキャラクターに扮して介護予防運動を広める活動を行っている。
「介護というテーマを明るく話せる人が今までいなかった」と石田さん。介護の世界で同じ「笑い」をテーマに活動している簗瀬さんに出会えたことはすごく嬉しかったという。その思いは簗瀬さんも同じだ。

「石田さんは身体ではなく心を先に動かすために笑いが大事だと考えていらっしゃる。僕も表情が変われば、動きも変わるということをモットーに活動してきました。だから同じ考え方だと思ったし、お互いに考えていることを素直に言い合えるのは、それぞれが一人で突っ走ってきたから。頑張ってきたからこそ」
 そう簗瀬さんは感じているという。

「介護業界が抱える課題はたくさんあります。その課題に対して、笑いという面で僕が引っ張っていけたらと思っていますが、笑いだけですべてが解決するわけではありません。だから『この方法が良かった』という別の話も聞きたい。もっとたくさんの人と情報を共有していきたいです」(石田さん)

 石田さんのモットーは、「人生のラストに『笑い』と『生きがい』を!」だ。簗瀬さんをはじめ、大勢の賛同者とのネットワークが拡大されることに伴い、笑いの輪も拡大されていく。「笑い」と「生きがい」があれば、私たちは人生をずっと謳歌できるのではないだろうか。

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