COLUMN

さわらびの里を訪ねて①

介護・福祉という働き方:PART1
photos : Hitoshi Iwakiri
text : Hisato Kato

さわらび福祉村病院
55年前に始まった、山本孝之氏の挑戦。

 認知症は、日本ばかりでなく、長寿の国ではほぼ例外なく増加傾向にあり、この病気とどう付き合うかは、少子化問題や、環境問題と並ぶ、人類が対処すべき大きな課題のひとつといえる。私自身、人間が生まれてから死ぬまで、さまざまなことを経験し、苦労もし、幸せも感じて生きていく最後に、長寿であるがゆえに、認知症で不幸になるということはあってはならないこと、と考えていた。しかし、「認知症=不幸」を否定する言葉に、力がないことも実感している。自信を持って、認知症になろうがなるまいが、長寿は素晴らしい。人生は素晴らしいと言える手がかりが欲しかったのだ。
 福祉村は、JR豊橋駅から自動車で30分ほど南に行った小高い丘にある。認知症の治療に特化した福祉村病院を中心に、特別養護老人ホームや軽費老人ホーム、老人保健施設、介護付き有料老人ホームの他に、障害者のグループホームや障害者授産施設などが建ち並ぶ。その中には、喫茶店や公園、職員のための保育所、郵便局まである。そこで生活のほとんどが成り立つ、まさに「村」と呼べる区画だ。道路標識にも「福祉村」の表記があるが、行政単位としての「村」ではない。実際の住所は「豊橋市野依町山中」という。この施設群は大きく分けて医療法人さわらび会と社会福祉法人さわらび会の2つの組織で、勤務する医師、看護師、介護士など従業員の数はパートを合わせて約1100人にも及ぶ。
 福祉村病院の前身である山本病院の開業は、1962年。当時は、認知症という言葉もなく、脳卒中、脳内出血の既往症があり、主に寝たきりになった患者を受け入れ、リハビリを積極的に行い、寝たきりからの回復を目指していた。その後、次第に脳卒中などの既往症のない認知症の患者が増え、認知症の治療を専門に行うことに。1973年には、認知症治療の3原則を打ち出している。それが、「1.いつも暖かい愛情と笑顔で 2.決して叱らず、制止せず 3.今、できることをしていただく」だった。理事長の山本孝之氏が3原則を打ち出した1973年当時は、認知症は、医学界では「痴呆」、一般的には「呆け」と呼ばれていた時代だ。老人性の痴呆は、治療するものではなく、養老院に入れればよいとする時代だった。その痴呆が治療により回復したと発表した際には、嘘つき呼ばわりされたという過去もあるという。
 そんな中、治療の甲斐あって、症状がよくなり、退院した患者さんが退院後症状が悪化し、病院に舞い戻ったり、孤独死をするという「退院の悲劇」を目の当たりにしたが、退院後も安心して暮らせるように、と特別養護老人ホームを作ったのが、現在の福祉村の始まりだった。

認知症とはなにか?
それは不治の病ではない。

 ひとくちに認知症といっても、その原因によっていくつかに分類される。現在、最も多いのがアルツハイマー型認知症。脳内にアミロイドβと呼ばれるタンパク質が蓄積し、脳の神経細胞が破壊され、脳の萎縮が起こるタイプ。次に多いのが、レビー小体型認知症。脳内にレビー小体と呼ばれるタンパク質ができ、神経伝達を阻害するもの。特徴的なのは、幻視、幻聴などの幻覚が伴うこと。
 脳血管性認知症は、認知症の20~30%を占めると言われているもので、脳出血、脳梗塞などで、脳の一部が壊死することにより、記憶障害や言語障害、運動障害が起こるもの。運動麻痺や感覚麻痺、歩行障害、言語障害、嚥下障害などが一般的だ。
 それぞれの認知症に共通するのは、記憶障害、見当識障害、判断能力の低下など。多くのタイプで視野狭窄の症状も現れる。これが認知症の中核症状と呼ばれるものがあり、他にも暴力、暴言、徘徊、摂食障害、うつ、無気力、弄便といった二次的な周辺症状といい、認知症と本人のパーソナリティや環境によって引き起こされる二次的な症状がある。しかし、環境を整えてあげれば、そうした周辺症状を引き起こすことはないし、すでにそうした周辺症状が表れていても、辛抱強い声かけや音楽療法や、作業療法、理学療法などのさまざまな療法や、周囲の環境が変わることで、症状が軽減、もしくは見られなくなることもあるのだ。
 今回のインタビューでも、奥さんに暴力を振るうようになってしまった認知症患者が音楽療法の中で「上を向いて歩こう」を歌いながら、号泣し「ほんとはかあちゃんがすきなんや」と叫んだというお話しを聞くことができた。その一事で症状が消えたわけではないだろうが、その1歩を踏み出せたのではないだろうか。また、入浴担当の介護士の方からは、こんな話しも聞いた。入浴させようとすると暴れ出す利用者がいたが、真正面から話しかけ、着衣を脱ぐなどひとつひとつの動作の度に了承を得るようにしたら、おとなしく入浴してくれた、というものだ。
 こうした事例を聞きながら、私はユマニチュード(フランス語のhumanité=人間性+attitude=態度の造語)の教科書を思い出していた。

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