COLUMN

さわらびの里を訪ねて

介護・福祉という働き方 PART2
人間を人間として扱いなさいと教える「ユマニチュード(フランス語のhumanité=人間性+attitude=態度の造語)」とは、近年注目を浴びているフランスで生まれた介護術だ。 しかし、さわらびグループで働くスタッフにとって、それは、50年を超える福祉村病院の歴史のなかで生まれ、試行錯誤し、磨かれ、そして、受け継がれてきたものだった。 後編は、そんなスタッフの思いに触れた4日間の取材を振り返り、そして、この「福祉村」の在り方から、今後の地域における福祉の在り方について考えてみたい。
photos : Hitoshi Iwakiri
text : Hisato Kato

凍てついた氷を解かす力。
人間の尊厳と幸せを守る闘い。

 想像してみて欲しい。いきなり、意味不明の声が聞こえてきたと思ったら、ぐいっと腕を掴まれ、衣服をはぎ取り裸にされ、むりやりお湯をかけられスポンジで身体を洗われたら、拒否したり怒るのは自然なことだろう。実際には。そんな乱暴な介護士はいないのだが、認知症患者の多くは視野が狭くなり、真正面から近づかないと人が近づいたと認識されない。さらに「さあ、入浴しましょうね、衣服を脱ぎますよ」といった言葉も、何を言っているのかわからない。そして、腕をぐいっと掴まれる。これも不快なこと。介護者のイメージとはかけ離れた実感を患者が持っていたとしても不思議ではない。
 ユマニチュード(フランス語のhumanité=人間性+attitude=態度の造語)というフランス生まれの介護術では、患者の真正面に顔を移動させ、患者の眼差しと介護者の眼差しをしっかりと合わせると教えている。そして、利用者に優しく丁寧に愛情を込めて触れ、笑顔ではっきりとした口調で、さあ入浴しましょうと語りかけ、利用者の承諾を待つ。教科書にはさまざまなメソッドが語られているが、要点を抽出すれば、利用者を人間として扱いなさい、というシンプルな教えだ。ただ、相手が認知症患者の場合、視野が狭く、言葉の意味もわかりにくい分、通常よりも丁寧に近づき、相手が了解するまで何度でも伝えて、辛抱強く了解を待つ、といった手続きが必要なのだ。こうした手法により、周辺症状をひとつひとつ解きほぐしていくのだ。
 さわらびグループがユマニチュードを取り入れたというのではない。さわらびグループでは、こうした対応を1960年代からの長い試行錯誤の中から見つけ出し、実践し続けてきたのだ。それは、認知症の症状は治療やさまざまな療法で改善すると一貫して主張してきた山本理事長の「いつも暖かい愛情と笑顔で、肌から肌へぬくもりを伝えましょう。不安や心配を拭い去ることは、凍てついた氷を解かすように、認知症をよくしていく力があります」といった発言からも明らかだろう。
 さわらびグループが行っているのは、患者からさまざまなものを奪おうとする認知症という病から、人間の尊厳と幸せを守る闘いと言えるかもしれない。そしてこの揺るぎない信念は、高齢患者のみならず、同グループがサポートする障がい者への支援にも貫かれている。

「みんなの力でみんなの幸せを」
福祉村で働く人たちの想い

 さて、実際に福祉村で働くスタッフと、福祉村に親を預けているご家族に、4日間で計58人という、これまで経験したことのない膨大なスケールでのインタビューを行った。看護師、介護士のみなさんから、デイサービス送迎の運転手、清掃担当まで、その職種はさまざまだが、みんながチームとして同じ方向を向いて仕事をしていることを知ることができた。その内容は、本サイト長寿のMIKATA/特集「55人のMIKATA」で紹介しているので、是非。ご覧いただきたい。55人へのインタビューを通じて印象に残ったのは、どのスタッフも背筋がピンと張り、自らの仕事にプライドを持っていること。
 そして「みんなの力でみんなの幸せを」という合い言葉を具現化した働き方をしていること。建前や理想ではなく、ひとり一人の患者さん、利用者の苦しみを軽減し、幸せを増大させることを具体的な目標として仕事をしているのだ。それは、そのことが可能であると信じており、しかもこれまでにもできてきたという自信が背景にあることはいうまでもないだろう。しかも、この「みんなの幸せを」の「みんな」には、「スタッフ」も含まれている、とあるスタッフが述懐していた。「この仕事なくしては自分の人生は語れません。私の一部になっているんです。私も幸せにしてもらっています」と。この仕事がより大きな幸せの意味を教えてくれたのだ。

「自助・共助・公助。」
地域に求められる、これからの福祉。

 4日間の取材を通して、認知症の治療に取り組んでいる病院が、社会福祉法人を立ち上げて、介護に取り組んでいるさわらびグループの活動を垣間見ることができた。私の知る限り、さわらびグループの各施設は理想に近い状態で運営されていると感じた。ここなら、自分の肉親を安心して預けられると思ったのだ。
 福祉村では、認知症の進行を抑え、周辺症状の発症を抑制し、すでに出ている周辺症状を取り除くことに関して、福祉村病院というオーソリティーが一貫した治療を行っている。こうした取り組みが、他の地域でも拡がっていけば、と思わざるを得ない。地域にひとつ、認知症治療の拠点病院があれば、同系列ではなくても、地域のさまざまな特養やグループホームの入所者、在宅での患者が高いレベルの治療を受けられ、地域の介護士が高いレベルの介護方針を共有すれば、どれだけの認知症患者とその家族が救われるだろう。
 ならば、そうしたシステムが完成すれば、認知症患者の対応は完成するのか? そうではないだろう。自助、共助、公助の枠組みで言えば、公助にあたるのが介護保険制度。自助は家族の努力だが、これは多くの場合限界に達している。求められるのは共助の部分だ。認知症患者が安心して徘徊できる地域作りといった言葉も耳にするが、根本的には、一人暮らしで困っているお年寄りを近隣の人々のちょっとした心遣いで支えていく、支え支えられるコミュニティー作りが求められる。福祉村で行われているのは、公助としての介護保険制度を活用しながら、家族や利用者、障がい者、そして地域の人々が自助を持ち寄り、互いに支え合う共助のネットワークを強化する活動といえる。そうした共助のネットワークが全国に拡がっていけば、弱者を点ではなく、面で支える社会に1歩近づくのではないだろうか。

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