COLUMN

家族の未来図

いつかやってくる
「その時」へのココロ構え PART 1
家族や身内が認知症になる、という現実は突然やってくる。 心の準備はできにくいものだが、そのとき本人と家族は、どう過ごせば幸せでいられるかを考えることはできる。「認知症=不幸」ではない。 愛知県豊橋市郊外ののどかな田園風景のなかで、半世紀以上に亘って認知症の統合治療を続けてきた医療法人さわらび会・福祉村病院を訪ね、そのときを迎え、認知症と向き合ったそれぞれの家族の、それぞれの決断について伺ってみた。
photos : Hitoshi Iwakiri
text : Hisato Kato

母に寄り添う−Mさんの場合。
「母のひと言に、私は救われた」

 Mさんの義理のお母さんは、千葉で一人暮らしをしていた。そんなお母さんの様子がおかしい、という知らせが近くに住む親戚から伝えられた。テレビの中のできごとと現実が入り交じっているというのだ。Mさんは、さっそく千葉におもむき、千葉県内の物忘れ外来を受診、アルツハイマー型認知症の診断を受けた。しかし、一人暮らしでは薬をお渡しすることはできない、と言われ、Mさんが夫と暮らす豊橋市内の福祉村病院を訪ね、そこで山本孝之理事長先生の診察を受けた。

 「理事長先生は、母の両肩をしっかりと支え、真正面に向き合って顔を近づけ『あなたはアルツハイマー病です』と大きな声で3回繰り返されました。『でも、大丈夫ですよ。安心して暮らしていけるところを私が探しますから』とお話しになったんです」。

 豊橋に移り住むこと、そして施設に入ることに関して、同意が得られたのはやはり理事長先生の言葉があったからだ、とMさんは言う。

 「母は、自分の口から『病院から近いから、ここに』って言ったんです。自宅での介護も考えましたが、診断のために同居していた数日で、その大変さは十分にわかった。後ろめたさも感じていましたが、これを続けていたら、お互いに疲弊する。自分たちで抱えたら辛くなることは目に見えていました。でも、そんな後ろめたさをぬぐい去ってくれたのは、母の言葉だったんです」。

 介護付き有料老人ホームフェリス福祉村に入所後、月に2回ほど訪問しているが、その際のお母さんの反応がうれしかった、という。顔を見せると「あら、来たの?」という顔をされるそうなのだ。訪問を喜びはするものの、待ち焦がれていたという印象はなく、普通に出迎えてくれる。これが「待っていたのよ」、「やっと来たの?」という風だとしたら「やはり施設の生活はつらいのか」と思うところだ。

 「母は、ここで友だちもできて、新しい日常を送っているようです。ときには、友だちと一緒にソフトクリームを食べたり、動物園に出かけたり。そんな姿を見ることもできます。これが理事長先生の言う、安心して暮らせる場所なんだなって実感しています。ただその分、現場で支えてくれているスタッフの人たちは大変なんだろうな、と思います」。

 実は、豊橋の合唱団に属していたMさんは、10年ほど前にボランティアとしてここを訪れたことがあった。それがなければ、母のことで見学に来ようとは思わなかったかもしれない、と振り返る。過去のボランティアで結ばれた地域の縁が繋がりを失っていなかったというべきだろう。

妻に寄り添う−Kさんの場合。
「そっと手を握ると、そっと握り返してくれる」

 福祉村病院に入院中の奥様を一日置きに訪問するご主人がいる。旅行好きで、夫婦で国内旅行を楽しんでいたKさん。66歳を迎えた頃に奥様に異変が訪れた。手の震えが見られ、持っているコップを落とす、といった症状だった。別の病院の脳外科で診療を受けると、アルツハイマー病として診断されたが、その後、福祉村病院でレビー小体型という診断を受けた。
 そこから、在宅での介護は3年間に及んだ。幻覚が伴うレビー小体型の認知症では、そうした幻覚を嘘と決めつけたり、間違っていると否定すると、不安や恐怖から暴言や暴力に発展することもあるという。しかし、Kさんがやさしくなだめながら、上手に話しにつきあったりしながら対応したのだろう。そうした周辺症状は現れなかったという。
 病院で診察を受け、薬をもらい、自宅ではおむつを替え、お風呂には抱いて入れてあげた。慣れない包丁を握り料理も作った。しかし、次第に症状も重くなり、介助は徐々に難しくなっていく。

 「このまま、ご主人がつぶれたらどうしようもない、と福祉村病院の主治医の先生に入院を勧められました。今は、1日置きに訪れ、病床でマッサージをし、手をさすっています。『おかあさん、帰るね』と手を握ると握り返してくれます。喜んでくれているのかな、と思います」。

 そう、認知症が進み、記憶も思考力が衰えていっても、人間の感情は活き活きと脈打っているのだ。奥様の世話は、病院に任せた。だが、すべてをゆだねたわけではない。本人が本当に弱ったとき、困ったときに手を握って、励まし、支えになるのは家族の役目だ。それもひとつの幸せと言えるのではないだろうか?
 その役目を果たすために、という思いがあるのだろう、Kさん自身の老いをせき止めるかのような心身の鍛え方は目を見張るばかりだ。

 「卓球、グランドゴルフ、ウォーキング、笑いヨガ、コーラス、英会話、男の料理とさまざまな活動をしています。人と会うこと、話すことも多くなり、頭も身体も健康でいられると思います。毎晩、お風呂に入って、その日のことを振り返り、翌日のスケジュールを確認しています。テレビで認知症をテーマにした番組を見ていると、我がことのように涙が出ます。先生に言ったら、涙を流すのは健康な証拠、どんどん泣きなさいと言われました。もっと苦労している人がいるだろう、と思うとやりきれなさを感じることもありあます。病院で預かってもらったことで、私自身も救われました。病院や、看護師、介護士のみなさんには本当に感謝しています。行くたびにありがとうと伝えています」。

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