CROSS TALK
SAKON Dialogue : 004

「美味しい」をコーチングする

西邨マユミ(マクロビオティック・ヘルス・コーチ)
西邨マユミ
MAYUMI NISHIMURA
マクロビオティック・ヘルス・コーチ
SAKON Dialogue : 004
「美味しい」をコーチングする
美味しい料理をつくりたい、美味しい食事をいただきたい。つくる人と食べる人の気持ちは同じなのに、美味しくできないのはなぜ? そんな気持ちを合わせていくこともコーチングシェフの仕事。日々の食卓も、病院の食事も、そんなコミュニケーションの積み重ねから生まれるのかもしれません。その一皿を美味しくするキッチンの秘密とは? マクロビオティック・ヘルス・コーチの西邨マユミさんにお話しを伺いました。
photos : Hitoshi Iwakiri
text : Keisuke Ueda

熟練とは、ちょっとしたズレを

丁寧にすり合わせていくこと

山本左近(以下、山本):いま、病院や施設での食事について色々考えています。患者さん利用者さんにお出しする食事をもっと美味しいものできないか。というのは、日々の食事は、その人にとって最期の一食になるかもしれない。だから、運営する僕たちとしては、毎食毎食をもっと美味しいものにしたいんですね。
 でも現実は、100食、200食を一度につくって、一度に配膳しなくてはならない。材料や工程などの制約もある。管理栄養士、調理師、配膳のスタッフも頑張ってくれているのですが、これがなかなか(笑)。西邨さんは、コーチングシェフとしてもご活躍されていますので、是非良いアドバイスをいただけたら嬉しいのです。

西邨マユミ(以下、西邨):私がマクロビオティックを始めた理由は、日本にあるきちんとした食文化を後世に伝えていきたいと思ったからなんですね。それがコーチングという仕事になっているのだと思いますが、伝えるということは、コミュニケーション作業の積み重ねなんですね。
 数年前に、石垣島で100人分の料理をつくるという機会があったのですが、果たして美味しくできるかな? という心配はありました。ふだんはもっと人数の少ない料理をつくっているわけで、お鍋もふだんと違って大きなものですしね。でもやってみたら美味しくできた。それはなぜかと言うと、現場でのすり合わせが上手にできたから。私のレシピを現地の調理師さんたちとつくる。彼らが困っていることに対して、こちらからサジェスチョンするし、私も教えてもらうことがある。
 みんな一生懸命やっているのに、美味しくならないのは、多分、お互いに気を配るところがちょっとズレていたりするからでしょう。だったら、そこをすり合わせていけばいい。たくさんの人数分の料理をつくるのは、それは大変ですよ。でも大変だから不味くて当然と思うのではなく、やればできる。美味し料理をつくりたいという気持ちは一緒ですから。

山本:管理栄養士は成分とか栄養バランスとかちゃんと計算してくれます。けれど美味しさというのは、個人の感覚に委ねられる部分が大きいので、基準づくりが難しいなと感じていました。
 ただあるときこんなことがありました。フランスから分子調理の専門家の方に、病院の厨房を視察してもらった時のことです。調理していた料理に香草を加えたら、とても良い香りが立ったんですね。それで「ああ、良い香りですね」って管理栄養士が言ったら、「それではいけない」と、それまで穏やかな彼の目がキッと厳しくコメントされたのです。厨房で良い香りがしたということは、配膳して患者さんにお出しするときには、もうその香りは失われている、だからレシピの順番の変更をした方が良いとアドバイスを頂きました。その時にみんなハッと気づかされてんです。

西邨:厨房でベストな仕上がりでは、食べるときにはもう美味しくなくなっているかもしれない。料理をお出しする相手に思いを馳せるということが大事。そこに気配りができるようになれば、ひょっとしたら作り方も変わってくるかもしれない、そうした発見を積み重ねていくことで、美味しさをつくる要領を覚える。それが熟練ということです。

つくる人と食べる人の、

「美味しい」を合わせていく

山本:それはとても重要な気づきだったなと思います。高級食材を使うのでもなく、今と同じレシピでも順番さえ変えたら、それが料理の美味しさに大きな変化を与えてくれる。いろんな患者さんがいて、たくさんの料理をつくる仕事ですが、でも、些細なことでも丁寧に科学的に向き合っていけば、美味しくできる可能性がまだまだたくさんあると。

西邨:100人いれば100通りの美味しさがあります。それぞれの好みに合わせてあげるのはとても難しいですが、逆に言えば、それぞれの人たちが、自分で合わせられるような工夫をすればいい。味覚は、その人が生まれ育った土地や食べてきたものの記憶に結びついていることが多いですよね。だから、例えば、おじゃこのふりかけとか、ごま塩とかね、ご飯を自分の良い加減に合わせられるようなものがあるといいですよ。
 ご家族の方も、お見舞いにいらっしゃるときはケーキやお菓子ではなくて、その方が慣れ親しんだものを持ってきてあげる。些細なことかもしれませんが、それで、生きるスイッチが入る。「ああ、美味しかった!」って言ってもらえると思います。

山本:それはいいですね。そうやって、患者さんやご家族の方ともコミュニケーションしていくことは、是非、やってみたいと思います。
 それともうひとつ、今日は僕たちがつくっているクッキーを持ってきました。さわらび会では、障がい者就労支援施設も運営しているのですが、このクッキーは障がい者の方々と支援員が一緒につくって販売しています。今年、新しい試みとして、ヴィーガンクッキーをつくりました。6種類の味があるのですが……。

西邨:いいですね、これ。お味噌味のクッキーもあるんですね(笑)。堅すぎず、さくさくしていて美味しいですよ。

山本:ありがとうございます(笑)。これまでもクッキーは人気で販売していたのですが、健康を意識をされている方や、アレルギーのある方でも安心して食べていただけるように、卵、牛乳、バターを一切使わないヴィーガンのスタイルにチャレンジしてみようと。スタッフみんなで色々試しながら完成にこぎ着けることができました。もちろん、これを食べて即ち健康になるというわけではないのですけれど。

西邨:でも、コンシャスになれますよね。食べた人のリアクションって「あ、砂糖が入ってなくてもこんなに美味しいんだ」と思う。そこに気づきがあって、砂糖がなくてもいいという意識が生まれる。特に白い砂糖は、人工的に精製してつくられたものなので、サトウキビが本来持っているビタミンやミネラルが削ぎ落とされてしまっている。そういったものを食べ続けていると、体の機能も落ちてしまいます。ふだん食べているものを切り替えることで、悪い状態から良い状態に改善されるということはあるでしょう。このヴィーガンクッキーは、そういったことを知る、あるいは、意識するきっかけになる。
 ちょっとお腹が空いたときに、いけないと思いつつ、ついつい食べてしまうことってありますよね。空腹を抑えるのも良くないですから、安心して食べることができる選択肢があるのは良いことです。もちろん、食べ過ぎはよくないのですが(笑)。

山本:そうなんです、このヴィーガンクッキーは罪悪感がないから間食として僕も持ち歩いています。
「食」という字は、人を良くすると書きますよね。小さなクッキーですけど、それがその人の健康を改善する気づきやきっかけとなるとしたら嬉しいですね。これからもそんなチャレンジを続けていきたいと思います。
西邨マユミ
MAYUMI NISHIMURA
マクロビオティック・ヘルス・コーチ
1982年に単身渡米、マクロビオティックの世界的権威である久司道夫氏に師事。クシ インスティテュート ベケット校の料理主任および料理講師として活躍した他、時代のニーズに合った「プチマクロ」を提唱している。 2001年より通算10年間にわたり歌手マドンナ一家のパーソナル・シェフを務めた他、ブラッド・ピット、ミランダ・カー、スティング、ゴア元副大統領など多くの著名人に食事を提供。現在も国内外で精力的に活動中。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。

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